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一元流鍼灸術

一元流鍼灸術の解説◇東洋医学の蘊奥など◇HP:http://www.1gen.jp/


人はいつか死にます。そして鍼灸漢方が治病の重要な手段であった時代、死は現代よりもはるかに身近にありました。対処できない疾病もたくさんありました。江戸時代末期には、コレラや梅毒が蔓延し、大正時代に至るまで死因のトップだったものは結核でした。

これは、世界共通の対処すべき課題でした。

この課題を解決し、人類を長寿に導いた中心は、ウィルス研究を含む細菌学の発展によるものです。それまでは、西洋においてはホメオパシーと瀉血療法が医療の中心であり、東洋では漢方と鍼灸とが医療の中心でした。19世紀の末、日本の明治時代末期まで、病原菌による淘汰を人類は受けていたわけです。

この戦いに勝利し始めたのは実に20世紀に入ってからのことであり、わずか100年と少しの歴史しかありません。体外からの自然の脅威を克服した人類は、その勢いをかって体内における自然を克服したとも言えるのかもしれません。この病原菌と、それに対処するための薬という、悪魔と天使の闘争は、耐性菌の出現をみればわかるとおり、これからもずっと続けられていくこととなるのでしょう。

東洋医学では、「内傷がなければ外邪は入らない」と述べられています。内側の生命力の構えがしっかりしていれば、ウィルスや細菌に侵されることはなく、もし侵されたとしても自分で自然に治すことができるという意味です。実際、コレラや梅毒が蔓延して多くの人が亡くなったわけですが、感染しても発症しなかった人や軽症だった人や感染しなかった人もいました。そのため、人類は現代に至るまでその生をつなぐことができているわけです。

鍼灸は、この内側のかまえを充実させることができます。生命力を強めていくという側面において、鍼灸師はその力をもっと発揮することができるでしょう。

生命力は全身まるごと一つのものとして存在しています。その全体観を離れて生命を語ることはできません。

このことが実は、もっとも大切なことだったわけです。
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あるがままに診、治す


一元流鍼灸術の勉強会に入会希望の方からいただいたメールに「患者さんの生命をシステムに当てはめるのではなく、ありのまま診て治療できるようになるにはどのように勉強し経験を積んで行けば良いのかを学生時代からずっと考えていました。」というものがありました。

ありのままに診、治療する。ということはまさに一元流鍼灸術で目的としていることです。そして、ここには乗り越えなければならない大きな課題があります。

その一つは、ありのままに診るというとき、それを行う際の治療者側の心の姿勢が問われるということです。

患者さんが治療を受けにやってくる際、多くの場合は、症状をとってほしいという目的で来院されます。そうすると、患者さんの要求に応じようと術者の側も症状をとるために身体を診、症状をとるための処置穴を捜すということをやりがちになります。

これでは、ありのままに診るということにはなりません。一定の目的を持って診るということはありのままに診るということとはまったく異なる行為となります。ありのままに診ていくためには、心の状態はフラットでなければなりません。その状態を保った上で、その心におこること、指尖に感じられることを感じていくわけです。

ですから、ありのままに診、治すというとき、患者さんの訴えであっても、そこに心を動かされるようなことがあってはいけません。主訴も副訴も不定愁訴も、すべては身体の揺らぎの表現の一つに過ぎません。そこを見抜いた上で、全体の身体状況を調えようとする中にこそ、ありのままに診、治療するという花が咲くこととなるのです。

ですから、ありのままに診るためには、術者の心が安定している必要があります。ちゃんと診れていないのではないか、治せなかったらどうしよう、うまく治すにはどうすればいいのだろうというように、患者さんを目の前にすると術者の心が揺れます。心が揺れて乱れてしまうと、脉も経穴も分からなくなってしまいます。これは患者さんに振りまわされた結果です。来院された患者さんを少しでも楽にして返したいという思いが昂じて、術者のこのような精神状態を作るわけです。

けれどもそのような場合でも、心を乱さず、過度に入れ込まず、淡々と四診をしていく必要があります。それは、まるでスクリーニングの作業をするかのようです。ただ診て、処置を施し、施した処置が患者さんにどのような影響を与えたのか確認する作業をしていきます。このような淡々とした、あたりまえの、けれどもていねいな一連の作業の積み重ねが、ほんとうは患者さんのためにもなりますし、術者の人間理解―成長にとっても大切なこととなります。

診る際には、患者さんが生きている人間であるということを忘れてはなりません。あたりまえのことですが、患者さんは診ている対象物でも治療の対象物でもありません。診ることと診られることとは相互に関係しあって始めて成立している行為です。診ることですでに、感応が始まっているわけです。冷酷な科学者のように患者さんを「他者として客観的に診ることができる」という考えは、思い込みの甚だしいものです。

また、目の前の患者さんは生きているわけですから揺らいでいます。揺らいでいるということは、その身体が毎瞬々々変化している、ということです。固定した死物を診ているわけではありません。

いつも術者はその感覚を洗いなおし、初めてみるような気持ちで患者さんを捉える必要があります。そのような初心をもつことによってはじめて、患者さんの身体の変化に気づくことができるからです。

術者は、変化していく患者さんの身体の中の、今の瞬間を切り取ってみているわけです。そのような揺らぎ変化する患者さんの生命の動きをみながら、鍼灸師は処置すべき経穴を見つけ、そこに処置していくわけです。
全身の生命力を調えることを目標とする


症状の出方や四診を通じて、全身の生命力の問題の所在を明らかにし、その修正方法を提示していくことが弁証論治です。これは、諸検査を通じて症状の理由―病気の原因を明らかにしていく西洋医学と、手段は異なりますが方法は似ています。

伝統的な東洋医学の場合は全身の生命力を問題にする、という観点から離れることはありません。

四診を通じて表れているものも全身の生命力の状態ですし、考察していく病因病理も、全身の生命力の盛衰を基本とし、その状態を眺めていくものです。その姿勢のまま、問題の所在が深く臓腑にあるのか、浅く経絡経筋にあるのか見極めていきます。

いわゆる肩凝りや腰痛であっても、浅い経絡経筋の問題の中でとらえることができるものと、臓腑のバランスの問題として捉えないといけない問題とに分けられます。

経絡経筋の問題としてとらえることのできる場合であれば、生命力の偏在を調えるためのさまざまな手法を用いればすみます。いわゆる、偏在している生命力を、逆に偏らせることによって調整する、という手法が使えるわけです。古典以来の経絡に沿って処置をするとか、右に病があれば左に治療穴をとり、上に病があれば下に治療穴をとるといった手法が、劇的な効果を上げることがあります。

これに対して内に臓腑を病んでいる場合は、養生指導とともに根気のよい治療が必要となります。

四診を通じて理解することができることは、現在の生命力の状態です。疾病の状態ではありません。

現在の生命力の状態を診ていくことによって、症状を表現するに至った道筋を理解し、その道筋を逆にたどるようにして、患者さんの状態を考えていくということが、病因病理を作成するということです。そして治療と養生とを通じて、症状とともにある患者さんの生命の状態を少しづつ磨いていく共同作業を、治療家はしていくわけです。

症状や病気はあっても、今の自分は今の自分です。「症状や病気をも包含したありのままの自分自身の生命」を抱いたまま、少しづつよりよい生を受け容れていく、よりよく生きようと努力を積み重ねていく。その自己変革のお手伝いを治療家はしていくわけです。
生活提言


生活習慣は、日々いつも行われていることです。ですから、一時的な鍼灸の治療よりも当然大きな影響力を身体に対してもっています。そのため、養生的な生活を行うことと鍼灸治療の頻度を上げることとは、車輪の両輪のように大切なこととなります。

治療家の側としては、患者さんの身体における中心である臍下丹田を充実させるように努めつつ、気の厚薄―すなわち生命力の濃淡を調えることを目標としていきます。患者さんは、生活習慣で得た現在の心身を用いて生活しています。治療家は、より充実した人生を送れるよう、そこに介入しているわけです。

健康は目的ではなく手段です。よりよい充実した人生を送るための手段です。ですから治療家は、今できる全力を鍼灸を用いて行いますけれども、患者さんの人生ですから、すべての決断を患者さんが握るようにします。そうすべきであると、私は考えているわけです。

治療家として行うこのあたりのことを器の概念を用いて述べるならば、中心を定め、より敏感で、より大きく、よりきめ細かな生命をもたらすように努力する、という表現となります。それを通じて治療家は、現時点での「まるごとひとつの生命」を少しづつ磨いていこうとしているわけです。

完璧な人生が存在しないように、完璧な健康は存在しません。いつもゆらゆら揺らぎながら、生の淵をさまよいながら、人は生きています。その揺らぐ頼りない生を、少しでも安定した方向にもっていけるよう、患者さんとともに挑戦しているわけです。

弁証論治は、現在の「まるごとひとつの生命」の状態に対して、どのように手を入れていくとより活発な充実した生命を患者さんが手に入れることができるのかと考え、たてられます。現時点のライフステージの上ではじめて、弁証論治がたてられることとなるわけです。

治療家はその弁証論治を手にして、患者さんの気の厚薄―すなわち生命力の濃淡をそのつど見極め、処置していくわけです。
内傷病と外感病


風邪やインフルエンザなどは基本的に外感病と呼びます。

外感病は外からやってきて、生命力の弱りに乗じて侵襲します。生命力が充実している人には侵襲しません。けれども、外邪としては強力ですから、正邪の闘争を起こします。正邪の闘争が激しければ激しいほど、症状としては強くでます。発熱や咳や悪寒で慄えるといった症状です。そのようにして体表や肺気を盛んにし、生命力をそこに集めて外邪を排泄しようとしているわけです。体表に生命力が集まるわけですから、その根を支えるためには脾胃の力を借りたり腎気を借りたりします。紀元200年頃に書かれた『傷寒論』には、そのために工夫されたさまざまな処方が記載されています。


内傷病はいわば生活習慣病です。徐々に内の構えを弱らせていきます。一般的には日々の食生活や身体の使い方、加齢による腎気の衰えによっておこります。食事の不摂生が継続することによって内生の邪気である湿痰をため込んだり、偏り疲労が継続することによって体の構造が歪んで生命力が停滞しやすくなったりするわけです。生活習慣に対しては、さまざまな対処法や情報が提示されています。患者さんの側も、養生法として実行しやすいところです。

内傷病の中でもっとも注意が必要なものは、心の持ち方です。自暴自棄になって身を滅ぼす人がたくさんいることから考えても容易に理解できることです。心の持ち方によっては、簡単にその生命を滅ぼす事態に陥ります。

内傷病は基本的に、生命力を内側から徐々に弱めていきます。日常的な身心の使い方である生活習慣に基づいて徐々に変化しているため、自分では気づきにくいものです。そのため一元流鍼灸術では、弁証論治に基づいて、個別具体的な生活提言をすることにしています。個々にあった養生法を提示しなければならないわけです。
好循環悪循環と敏感期鈍感期


生命力が衰えることによって邪気が溜まり、邪気が溜まることによってさらに生命力が衰えていくという悪循環に陥ったとき、人は身動きのとれない病となっていきます。

生命力が回復していくことによって邪気が流れ出し、邪気が流れ出すことによって生命力がさらに充実していくという良い循環に入ったとき、人は病から回復していきます。


体内の毒が排泄されていくときには、症状が激しくなります。生命力としてはこれまでより少し敏感になり、排泄機能が働くため、正邪の闘争が激しくなって、溜め込んだ邪気が排泄される状態となるためです。これを敏感期あるいは排泄期と呼びます。

生命力が少し敏感になると疲れてきます。休養を求めるわけです。そして体内の邪気を排泄したり身体を調えようとする機能はこの時、休養します。次の危機的状況に備えて生命力を養っているわけです。これを鈍感期あるいは停滞期と呼びます。

生理的に人は、この敏感期と鈍感期とがゆるやかに入れ替わっていくようなバイオリズムで生きています。邪気がまったくない状態というものは存在しないし、生命力がまったくない時期も存在しません。


問題なのは、患者さんが病気を自覚するのがこの敏感期だけだということです。症状が出ているときが、敏感期だからです。

好循環に入って敏感になってきているために出ている症状なのか、悪循環に入って最後のあがきとして出ている症状なのか、その違いを見極めることが患者さんにはできません。

治療家はこれを見極めて解説できるようにならなければなりません。そのために弁証論治をし病因病理を考えて、今の生命の状態を見極めようとしているわけです。


生命力が充実してくると、身体を調えようとする作用が強くなり、邪気があればそれを排泄しようとします。このさいには良い循環での正邪の闘争が起こり、さまざまな症状が起こることとなります。治療を契機としてこれがおこることを瞑眩と呼びます。養生をしているさいにもこの瞑眩が出ることがあります。

生命力が衰えてくると、身体は休養を求める作用が強くなり、邪気があってもそれが侵襲してこない限り問題にはせず、休養します。この休養は、普段の生活をして生命力を養おうとしていると言い換えることもできます。けれども普段の生活が忙しすぎて、生命力を損傷するようなものである場合、身体を養うことはできません。邪気を内にはらんだまま生命力の最前線を少しづつ引き下げて生活することとなります。邪気の重みが徐々に増加し、生命力の支配する場所が少しづつ狭くなるわけです。

そのような場合でも、内の邪気が強くなって深く侵襲してくると、生命力は生命の危機を感じとり、正邪の闘争を起こし始めます。ここに再度、敏感期が訪れることとなります。この敏感期はしかし、生命力がその最前線を下げて戦いを試みているともいえます。そのため、ここで生命力が勝たなければ前線はさらに後退することとなります。危険な状態になります。この前線において正邪の闘争を支配しているものは、安定した生命力の根源である腎気ではなく、肝気です。全身の持てる力を振り絞って頑張っていますす。そのため、肝気の頑張りに伴うさまざまな症状が出ることがあります。

内の邪気が侵襲してきても生命力がその敏感さを取り戻せなければ死にます。戦いにすでに疲れているため、外来の邪気に侵襲されやすくもなります。お年寄りなどが肺炎で急死するといった類がこれにあたります。若い人であっても不摂生が継続していて生命力の弱りに気づくことがなければ、同じような突然死はあり得るということが理解できるでしょう。

東洋医学ではこのように、風邪やインフルエンザという外来の邪気を問題にするのではなく、生命力の衰えを基本的には問題にしているわけです。
虚実補瀉


「生命の弁証論治」は、四診を通じて生命の状態をありのままに把握して得られる弁証論治です。いわゆる、証候名を把握してその証候に沿った治療技術を東洋医学の歴史の中から選択し、それを患者さんに施す、という「中医学」で行われているようなものではありません。

あくまでも事実を集積し、それを陰陽五行の観点から分析し、構成し直して病因病理を考察し、生命力の厚薄にしたがって処置を決定していくものです。まるごとひとつの生命という視点から一歩も外れることなく、最初から最後まで構成されている弁証論治の方法です。

鍼灸において生命力を調えるということは、主として体表における生命力の厚薄を見極め、それを調えるということになります。呼吸が身体全体に行き渡るように鍼灸の治療もすぐに身体全身に行き渡ります。このことは処置の前後の体表観察をしているとよくわかります。一瞬で脉は変化しますし、皮膚の状態も変化します。これは上手だからそうなるということではなく、人と人とが触れあうということがそういうものだということなのでしょう。ふだんなにげなく行っている言葉かけや触れあいの中でもおそらく、身心は大きく変化していることでしょう。治療家はその変化を体表観察を通じてとらえることができるということにすぎません。


問題は、変化が起こるということではなく、「何をして何がおこっているのか」ということを見極めるというところにあります。古来の鍼灸理論には、虚実補瀉を見極めることができれば鍼灸の半ばは終わると言っていました。非常に有名な言葉です。そして著名な鍼灸師の中には、その古典の言葉の故に、自身は、虚実補瀉を理解していると思っている人がたくさんいます。

けれども、気一元という言葉の中身が理解できていなければ、虚実補瀉という言葉は理解されることはありえません。何を気一元の場としてみているのかということがなければ、虚実の判断はありえないのです。何を気一元の場としてみているのか理解できない人が、患者さんに補瀉を施すことなどできてはいないのです。けれども古典を信仰している人々はそれができると信じています。理解しているのではなく信仰しているわけです。そのため、すべては治療家の手のひらの中で行われるとばかり、手技の中に補瀉があるかのような誤解を持ちながら、平然としていられるわけです。


虚実とは、生命力の虚と邪気の実のことであり、補とは生命力を補うこと瀉とは邪気を瀉すことであるということは、中医学における定義のようになっており、よく言われている言葉です。読んでいれば理解できたような気がする言葉です。けれども、実際に照らしてみるとこの言葉はまったくナンセンスです。

そもそも生理的な現象というものは、生命力を自然に内に蓄え(補)ていき、不要なものを外に排泄している(瀉)ものです。補瀉は同時に行われて初めて生命は成り立っているわけです。これを新陳代謝と呼びます。生命力の虚と邪気の実が虚実という言葉の意味ではなく、生命力が充実していて正常に働いていることによって、虚実の転換、新陳代謝がうまくいっているわけです。

これに対して病理的な現象になると、排泄する場合にも過剰に排泄して生命力まで流れ出ていくような場合(排便後の疲れや発汗による疲れなど)もあります。便通や発汗などで疲労するというのは、生命力が損傷されている証拠です。邪気を排泄するとともに、身体から生命力が流れ出ているわけです。古い定義で言えば、邪気が虚すれば生命力は充実するはずでした。けれども実際にはそうならないわけです。邪気が虚するにつられて生命力も虚していく状態になっている。生命力を内にしっかり保つことのできない状態が問題なわけです。これはいわば、正邪の分離がうまくできていない状態であるといえます。排泄するための生命力が、邪気につられて流れ出していってしまっているわけです。

また、これとは逆に、排泄が滞り体内に毒素を溜め込む場合(病的な肥満や排尿不良による尿毒症など)もあります。生命力を排泄することはないわけですけれども、邪気も溜込んでしまう。これを一義的に排泄機能の低下と呼ぶことはできません。無理に排泄させようとして強い薬を与えたり、強い刺激を与えると、邪気の排泄とともに生命力も流れ出してしまう可能性があるためです。溜め込んでしまう理由は、生命力が弱っていて、邪気の排泄ができないというところにあるわけです。もっといえば、生命力が邪気とともに排泄されないよう、内に溜め込んでいる状態であるともいえます。

問題の焦点は両方とも、生命力が充実していくような方向で新陳代謝が行われることができなくなっているというところにあるのです。生命力が充実するということは自在に邪気が排泄されて生命力が充実していく、正邪の分離が明瞭に行われるところにあったわけです。


身体に負担がかかり続けている慢性疲労状態となると、この正邪の分離をする機能が低下していきます。これを器の問題で考えると、敏感さが失われてくると、一元流鍼灸術では表現しています。

身体には、生命力の虚と邪気の実があり、邪気の実を瀉すと生命力の虚が補われ、生命力の虚を補うと邪気の実は消えていくという、古代からの鍼灸師の信仰はここに、根拠のないものとして葬り去られなければなりません。
生命の弁証論治

これまでお話ししてきたことは、このチャート図の上の部分までです。学ぶ姿勢、見る姿勢を調えて、臨床における立ち位置を定めます。そしてその立ち位置のまま、患者さんに返していく。実際のフィードバックを行い、その反応を再度手にし、考察を深めていく。その循環する作業をコツコツ継続していくことが、臨床を通じて学ぶということになります。

文字学問としての東洋医学の勉強も継続されることでしょう。けれども、それよりもはるかに重要なことは、臨床を通じて学び続けるということです。それによって文字学問を批判的にみることができますし、新たな発想を得ることもできます。

以前触れた「肝木の身体観」の発想は、このような臨床を通じて把握した成果のひとつです。

おそらくより大きな、けれども目立たない成果は、見るということ学ぶということにおける、心の位置を得ることができたことです。この位置においてはじめて私は、禅や儒教や神道を捉えなおし、統一的に理解していくことができるようになりました。
病因病理を書くにあたって


病因病理を書いていくにあたって、もっとも気をつけることは何かというと、症状を見るのではなく生命状況の変化を見、それを表現していくということです。

生まれてからこれまで患者さんは生きてきているわけです。ということは、圧倒的な生命力がそこに働いている、生きるということを赦されて生き続けているということです。

その生命の流れの中には、分厚く揺るぎなさそうな時期もあるでしょうし、少し踏み誤れば大病になるような綱渡りをしているような時期もあるでしょう。

その全体をまずゆったりとした眼差しで見ていきます。その流れがみえたら、弱った理由は何だったのだろう、強かった理由は何だったのだろう。ほんとうに弱ったのだろうか、ほんとうに強かったのだろうか。そんな風に症状を区切りにするのではなくその時期の生命状況を想像しながら書いていきます。

ぜったいに間違いのないことは、生まれてからこれまで生きてきた、ということです。この一言で病因病理が終わるのもいいかもしれません。そのようなつもりでいると、そこに表現したい揺らぎが生まれてきます。それをそのまま少しづつ書き綴っていくわけです。

基本的にはその生命力の盛衰の歴史を現時点まで眺めて記載するということになります。そのため、これを中医学で付けられた名前を借りて「病因病理」と呼ぶのはふさわしくないのかもしれません。

けれども患者さんは、症状を治してほしいとその身心を提供してくれています。ですから、その症状群を治すために理解すべきその生命の器の変遷を記載しているという意味で、やはり病因病理と名づけておく方が適切でしょう。患者さんともその方が情報を共有しやすいと思います。

さまざまな症状を呈する患者さんの現状が、なぜ引き起こされたのか。そのことをさまざまな角度から検証していく、そのような目的のために病因病理として、患者さんの生命の物語を書いていくわけです。
弁証論治をたてる際に、確かなものを中心として考えを構築していくということをよくお話します。けれどもこの「確かなもの」というのが何かということは、なかなかわかりにくいのです。どうしてかというと、まじめであればあるほど細かい違いを問題にし、詳細な記述に走りやすいためです。そのほうが「わかった感」を得やすいためです。けれども、正確に詳細に記述しようとすればするほど、記述のための記述になり、生命の全体像を見失ってしまいます。記述が正確であればあるほどその背景に浮かび上がる生命そのものが、見えにくくなるわけです。

生命の全体像というのは何なのでしょうか。眼差しとしてはひとつの生命を括って、柔らかく愛おしむことです。これが一番最初の心。一の心です。善悪や判断を越えて、病や生死を超えて、そこに存在している生命そのものを愛おしむとこと。その美しさと出会ったことに感謝すること。同じ生命を自分も保持させていただいていることに感謝することです。ここにすっぽりいるとき、問題などは何もありません。

その次元で酔生夢死している意識を少し目覚めさせて、四診に入ります。問題は何なのだろう、何がこの人の活力を奪っている中心なのだろう、よりよく生きるには何が必要なのだろう。そんな心です。まだまだ分析的ではなく、よく聴いて心に映ったその人の姿を感じとりながら、痛みや悲しみや空洞感を共有してみます。この時表現されているものはさまざまな症状であったり怒りや嘆きや愚痴であったりする可能性はあります。けれども、それらに振り回されないように注意して「治療家の側の心を定めたまま」耳を傾けます。聴く。よりよく聴くということがこの際の課題となります。

充分に心に響いた所で記述します。それらの資料を五臓の弁別として緩やかにまとめていきます。分けることが目的ではありません。理解することが目的でもありません。何を感じたのか、何を観たのかを確かめるように、選り分けていくわけです。

五臓の弁別の効用として、思い込みを排除して客観性を保つということがあります。実はこの「心に響いた所」と「客観性」との淡い、一筋の糸の緊張の中で五臓の弁別は記載されなければなりません。ここが難しい所となります。


五臓の弁別を作成する時に、すでに言葉化されている情報に頼りすぎると、言葉化される以前の感覚を忘れてしまいます。これが大切でこれがたいした問題ではないということを、五臓の弁別をする前には確かに感じとっていたはずなのに、いつの間にか見失ってしまうことがあります。これは、心に響いたことを忘れて理屈に走ってしまうためによく起こる現象です。

このままの感覚で病因病理を書いていくと、正しそうだけれども理屈っぽくて、その患者さんの状態があまり浮き上がって見えてこないものとなります。部分部分は正しそうな理屈をつけているわけですけれども、時間的空間的な全体像を失っているものができあがるわけです。そしてこういう病因病理は、まじめな人ほど陥りやすい罠です。心よりも理論を追い求めるために起こる、深い問題です。言葉の罠とも言えます。

この解毒剤は、「充分に心に響いた所」の感覚を忘れないようにするところにあります。これが四診を通じて感じとった「確かなもの」を中心として論理を構築していく病因病理につながっていきます。確かなものは、見えやすい所にあります。無理なく見えるものを表現した言葉(大切)と、無理に見たものを表現した言葉(あまり大切ではない)とには、軽重をつける必要があるわけです。けれども目の前に言葉として並んでいると、この軽重をつけることが難しくなります。どうしてかというと、無理に見たものを表現した言葉の方が不安がある分だけ詳しく説明される必要があり、量として多くの言葉で飾られ見栄えがよくなってしまうためです。言葉の量が多くなるため、重要なことのように思えるのです。

このため、本当は大切な所から遠く離れている情報であっても大切に見えたり、大切な情報であってもあまり大切ではないように見えたりします。「充分に心に響いた所」の感覚、その心の位置をしっかりと踏み固め、近いものは明確にはっきりと見、遠いものは遠くに霞んで見えるという距離感を持てるようにすると、より実態に合った病因病理を構築していくことができるでしょう。この遠近感は、記載されている言葉が多いか少ないかによるものではありません。言葉の量に振り回されないよう、注意する必要があります。
東洋医学が記述されてきた歴史の中でおそらくもっとも重大な問題は、わかりもせずに記述が積み重ねられているということでしょう。

これは戦乱の中にありながら伝統を残していこうとしてきた、主に支那大陸の先人たちの、必死な志の精華であるとも言えます。けれども、後代の人間がそれらの言葉を鵜呑みにし、文字に文字を重ねる形で論を広げていく段になると、容認しがたい空論の積み重ねとなっていきます。

現代の日本においても未だにこのような、妄想に妄想を重ねて理論らしきものを作り上げようとしている団体があることは、まことに悲しむべき悼むべきことです。

惑いの中にいる人々は、たとえば脉状には名前があるべきだとしてその名称を先に覚え、それを今診ている脉状に当てはめようとしてしまいます。疾病には名前があるべきだとしてその名称を先に覚え、それを目の前の患者さんに当てはめようとしてしまいます。

これでは正しく人間(上記の例で言えば脉や疾病)を診るということはできません。分類してレッテルを貼っているだけです。言葉に踊らされてその奴隷となっているに過ぎないのです。目の前にある存在をありのままに診るのではなく、分類した箱の中に入れてレッテルを貼り、安心したいだけなのです。

この行為は、「まるごと一つとして生きている生命」をはなはだ侮辱し侵害するものです。そしてこれが政治的にも大々的に行われているのが中医学や西洋医学である、ということは言うまでもありません。


人間そのものを診る。人間そのものに肉薄するという東洋医学の伝統に沿う時、このような軽薄な分類は、もっとも避けるべきことです。

診る、そしてわからずに戸惑う。診る、そしてそのわからない中から言葉を探り出し、今わずかでもみえている状況を表現しようとする。この戸惑いの中にこそ「行為としての東洋医学」を実践し人間を理解していく原点があります。

愚かな人々の中には、見えてもいないのにそれを言葉で表現してしまう人々がいます。いつも自己批判的に行っている、一元流鍼灸術の勉強会を実践している中でさえ、そのような人が現れることがあります。反省意識の薄い勉強会であればなおさら推して知るべきでしょう。

そしてこれは実は、東洋医学の古典に記述されている言葉もそうであるということは、押さえておかなければいけないことです。見えていないにもかかわらず愚かにもそれを語り述べ広げてしまう。この愚行の走りは、実に「脉経」〈280年頃王叔和著〉の時代からすでに支那大陸には存在しています。


これらの言葉の群れに惑わされないためにはどうすればいいのでしょうか。

それは東洋医学における人間把握の方法の原点である黄老道について研究し、その根底にある人間観を身につけることです。黄老道の到達点は、天と人とが対応関係にあるという観方と、それに基づく陰陽五行理論です。これこそが無明の存在を見分け理解しようとする東洋医学的なアプローチの原点です。

そしてこれはもとより、陰陽や五行に分けることが目的なのではなく、「まるごと一つとして生きている生命」をありのままに把握し解説しようとする行為の中で産み出された方法です。見るという戸惑いのただ中にありながら、見ているものをなんとか正確に理解し表現しようとする情熱によって産み出された方法なのです。

弁証論治を考えていくということでもそうですし、脉を診るとか経穴を観察するということでもそうなのですが、実際にそこにいて観察できることはそれほど多くはありません。観察したことに評価を加えることができるものはなおさら少なくなります。

これは歴史の展望とか、個人史の記憶という時間軸においても共通するところです。

同じ仲間として、同じ食事を摂って同じように旅をしても、見える範囲も見えているものも異なるものです。ましてや微細な脉状や顏色や経穴などを診てそれを五臓に弁別していくという段に至っては、その正確さがいかにすれば担保できるのか、非常に難しいことであると言わなければなりません。患者さんの、時には生命を預かることもある仕事なわけですから、このあたりは用心に用心を重ねるべきであろうと思います。

そのように考えると、いわゆる名人の人たちがこれまで行ってきた、どの反応があれば肝とか腎とかという一対一対応での断定や、何なにの症状を目標として処方を決めるという手段などは、危なっかしくて使えないということになります。

そこで一元流鍼灸術で行っていることが、四診で得た情報は柔らかく握り、気一元の観点で病因病理を考察してまとめていくということです。


四診を用いて情報を得るという行為そのものは非常に熱心に行いますし、それなりの修煉を積み上げていくわけです。けれども、その情報そのものを漫然と信じるのではなく、限界を定めて利用するという姿勢を取ります。限界というのは自身の、現時点における限界でもありますし、また何を診ているのかということをきちんと理解した上で情報を活用するという、情報の価値そのものの限界もあります。

得た情報を気一元の身体の中で位置づけ利用しながら病因病理を考えていきます。そこには一気の動き、生命の動きというものはどのようになっているかという総合的な判断が求められます。この総合性こそが実は東洋医学の宝―生命です。

総合していく中で、伝統的な解釈におかしなところが見えたり、現代に通用しない概念が出てきたりします。そのような時には、現代の我々の観点から考察しなおして、新たな解釈を用いて病因病理を作成していきます。四診を柔らかく持ち、五臓の弁別を患者さんの個人史に沿って柔らかく行い、それらを磨き上げて、病因病理として作成していくことを通じて統合していくわけです。


このような作業を自分で「見えていること」を中心として行います。けれども見えていないことを排除はしません。見えていること確実そうなことが病因病理を作成するための基礎になるわけです。けれども、病因病理を作成しているうちに、論理として存在しなければならない情報が欠けていたり、無駄な情報が入っていたりすることに気がつきます。そこで今度はその論理にしたがって再度、四診で収集した情報を点検していくという作業を行います。これが臨床にしたがって病因病理を再検証していく作業につながります。

このようにして患者さんの実態にできるだけ迫っていこうとしているわけです。

ですから、わからないこと不確かなことを把握しておくということは、とても大切なことになります。不確かなところを心にしっかり位置づけておくことが、患者さんそのものへとさらに肉薄していく鍵となり、臨床的な姿勢が深化するきっかけになるためです。
理解できる範囲で論を立てる


脉を診ていてもそうですし問診をしていてもそうなのですが、どのように努力しても、自分が見ている範囲というのは意外に狭いものでしかありません。その狭さを自覚しながらその中で病因病理を立てて弁証論治をしていくわけです。

また逆に、弁証論治をしようとして集めた四診の資料が詳細過ぎて、まとめきれない場合もあります。

大切なことは、より正確にみるという努力だけではなく、バランスよく観るということです。自分の限界をしっかりと自覚しながら、何をどれだけの範囲で観ているのかをきちんと押さえておくようにすることです。

そのためにももっとも最初に押さえておかなければならないところが、「一」の範囲を規定するということです。

範囲を定めて、大切なところと大切でないところとを分けていく。あたかも遠くのものがぼやけて近くのものがはっきりと見えるような感じ。気の濃淡を見極めていく感じ。見えやすいものがよく見えて、見えにくいものがよく見えない。

それらの中で、もっとも見えやすいところ、明確なところ、すなわち気-生命力のもっとも薄そうな所やもっとも濃そうな所を中心として表現していきます。分かりやすいところ、目立つところから始めていくわけです。

「一」という範囲を決めて脉状を見、「一」という範囲を決めて論を立て、明らかなところを中心にして、病因病理を作っていくわけです。

見落としがちですがここは、非常に大切なところです。

自分自身が上手だと思ってしまうと、ちゃんと見てちゃんと弁証論治ができていると思いがちですが、それは誤解の始まりです。

いつもいつまでも、これでいいのだろうかと、患者さんの身体に聞き続け、病因病理を練り続けなければなりません。

基本は「自分が理解できている範囲」「見えている範囲」です。その内側で勝負する。勝負している。勝負せざるを得ないということを自覚する。だからこそ、いつまでも未熟者であることを自覚でき、いつまでも成長していけるのです。
.懸賞論文募集要項


目的:東洋医学を、四診に基づく養生医学として構築しなおすための理論を蓄積することを目的とします。

方法:先人の理論を乗り越えあるいは破砕し、よりリアリティーをもったものとして奪還すること。新たに構築したものでも構いません。

第一期 期限:2020年10月10日

■参加方法■

■一元流鍼灸術ゼミナールの会員は一論文につき五千円を添えて提出してください。

■一般の方は一論文につき一万円を添えて提出してください。

■文体は自由ですが、現代日本語に限ります。

■TXTファイルかPDFファイルで提出してください。

■選者は、疑問を明確にし文章を整理するためのアドバイスをします。

■未完成なものでも構いません。何回かにわたって完成させるつもりで、
   出していただければ、その完成へ向けて伴走をさせていただきます。


懸賞金

■特別賞:十万円

■優秀賞:一万円

■奨励賞:五千円

選者:伴 尚志

送付先:ban1gen@gmail.com

受賞論文は、一元流のホームページに掲載します。

各賞の受賞本数は定めません。


【参考論文】

参考論文として私の発表しているものを提示しておきます。この参考論文は、私の興味の及んだ範囲ですので、狭いと思います。世界がもっと拡がると嬉しいです。

自分の井戸を掘る、ただし独断ではなく他の人々が理解できるように。ということを目標にしていただけると幸甚です。


論文【肝木の身体観】

 一元流鍼灸術の身体観



論文【一元流鍼灸術とは何か】

 一元流鍼灸術の道統



論文【奇経一絡脉論とその展望】

 奇経を絡脉の一つとした人間構造



論文【『難経』は仏教の身体観を包含していた】

 『難経』に描かれている身体観



論文【日本型東洋医学の原点】
 江戸時代初期の医学について



論文【本居宣長の死生観】

 死生観について



論文【疾病分類から生命の弁証論治へ】

 養生医学の提言



論文【鍼灸医学のエビデンス】

 エビデンスを磨く上での課題と目標





..始まりの時


始まりの時


東洋医学は、先秦時代に誕生し、漢代にまとめられ、人間学、養生医学として現代に伝えられています。天地を一つの器とし、人身を一小天地と考えた天人相応の概念を基礎とし、それをよりよく理解するために陰陽五行の方法を古人は生み出しました。臓腑経絡学は、あるがままの生命である「一」天人相応の「一」を実戦的に表現した、核となる身体観となっています。

天地を「一」とし、人を小さな天地である「一」とするという発想が正しいか否かということは検証されるべきところです。けれどもこれは東洋思想の基盤である「体験」から出ているということを、押さえておいてください。

この「一」の発想は、古くは天文学とそれにともなう占筮からでています。また、多くの仏教者はこのことを「さとり」として体験しています。そして多くの儒学者の中でも突出した実践家である王陽明は明確に、「万物一体の仁」という言葉で、この「一」を表現しています。

ですので、この「一」の視点は、思想というものを支える核となる体験を表現しているものです。これは、ひとり支那大陸において思想の底流となったばかりではなく、日本においても神道―仏教(禅)―儒学(古義学)を貫く視座となっています。


視座とは、ものごとを理解し体験するための基本的な視点の位置のことです。東洋思想の真偽を見極めるためにはこの「視座」を得る必要があります。それは、真実を求めつづける求道の精神を持ち続けることによって得るしかありません。このように表現すると何か古くさい感じがしますが、実はこれこそ、科学的な真理を求める心の姿勢そのものです。

この心の位置を始めにおいて、我々はまた歩き始めます。東西の思想や医学を洗い直し、新たな一歩をすすめようとしているわけです。

医学や思想の基盤を問うこと、ここにこの勉強会の本質は存在します。

体験しそれを表現する。その体験の方法として現状では体表観察に基づいた弁証論治を用い、臨床経験を積み重ねています。それを通じて浮かび上がってくるものが、これからの臨床を支える基盤となります。いわば今この臨床こそが医学の始まりの時です。

我々の臨床は自身のうちに蓄積された東西両思想、東西両医学の果てにあるものですが、その場こそがまさに思想と医学が再始動する場所なのです。

臨床において我々は、何を基礎とし、何を目標とし、何を実践しているのでしょうか。この問いは、古典をまとめた古人も問い続けた、始まりの位置です。この始まりの問いに対し、再度、向き合っていきましょう。
五臓の弁別


一元流鍼灸術では、このようにして得られた情報を五つの角度で振り分けることから始めます。まるごと一つの生命を観察し、得た情報を古人と同じように五行で捉えなおしてみるわけです。そうすることによって、古典の記載を確認しつつ、それを乗り越えて問題の所在にさらに肉薄していくことができるためです。

分けてみはするわけですけれども、分けることが目標ではありません。あるがままの生命を理解することが目標です。ですので、分けるときにも、その患者さんの全体像を見失わないように意識します。このことが大切です。

五行は人の五臓に対応しているため、これを「五臓の弁別」と呼んでいます。分けることが目的ではないので、五臓それぞれに同じ項目が重なることがありますし、分けられない部分が出てきます。そのような場合には、五臓以外の大きな枠組みを用意します。「気虚」「気滞」「瘀血」「湿痰」「内湿」などがそれです。

また、五臓で分けると臓腑の盛衰の問題が中心になりがちなので、「経絡経筋病」という項目を用意することもあります。「経絡経筋病」は、体表から筋肉にかけての問題の原因が、体表から筋肉にかけてにあるとする考え方です。これは患者さんの症状のある位置感覚と符合しやすく、西洋医学の発想とも繋がりやすい部分となります。

けれども東洋医学では、経絡経筋もまた五臓に統合されています。

経絡経筋に沿ってつけられている経穴名もまた、五臓の状態の現れであると考えています。そのため、経穴も、五臓の弁別に基本的には統合されていきます。これは五臓が生命の基本、根であり、経絡経筋はその枝葉であるという発想があるためです。

『難経』ではさらに、十二経絡の根が腎間の動気にあるとし、それをつないでいるものが人身に充満している生命力、「三焦」であるとしています。腎間の動気というのは臍下丹田にある陽気のことです。ですから、臍下丹田こそが生命の根本であるということを『難経』は述べているわけです。この記載が、「臍下胆田を中心とした気ー元の身体観」という発想の基になっています。そしてこの身体観が仏教由来の体験によるものであるということを含め、前に述べたとおりです。
次に、得た情報のまとめ方について解説していきます。

望聞問切のいわゆる四診で得た情報は、一次情報です。けれども術者の四診能力によって、その一次情報についての信頼性には、基本的に大きな差異が出てきます。

術者の得手不得手がそのままあらわれるわけです。

問診や時系列の問診は、患者さんとの言葉を用いた対話によって成立しています。言葉というものは実は、人によって微妙に異なる意味をもっているものです。語っている患者さんの価値観、聞いている術者の価値観という、微妙にずれをもった価値観が問診に反映されることとなるということは、よく気をつける必要があります。

この価値観の相違は、患者さんと術者の年齢が異なるとより大きくなります。同じ言葉でももっている意味が異なってくるわけです。また、文化の違い、美的感覚の違いも、表現された言葉に違いをもたらします。患者さんによっては、正直には答えづらい状況が、問診項目の中にたくさん出てくる場合があるわけです。

東洋医学をよくかじっている患者さんなどの場合は、その独自の解釈が問診に反映されてしまうことがあります。それによって実際の状態が、見えにくくなる場合も多々あります。

いずれの場合も、虚飾を剥ぎ取る必要があります。けれども、その虚飾を剥ぎ取る術者の行為そのものが問診に影響を与えてしまいます。そのため、問診を捨て、体表観察だけに頼って処置をするという場合もよく出てくるわけです。


体表観察は、患者さんの現在の身体と術者との交流―感応を基礎としています。「第三章 生命の揺らぎ」で、生命は揺らいでいるものであると述べています。その中で、揺らぐ生命が揺らぐ生命を見ているのであるということを前提として「四診に表現されているものすべてが、生命の揺らぎを表現しているものであるということです。あるいはもっというと、四診で捉えていることを通じて、その生命の揺らぎをそのまま捉えていこうとする、これが東洋医学の基本的な方法である」と述べました。


四診を通じて正確な情報を得ることそのものが非常に難しいものです。また、得ることができたとしても、その正確な情報そのものが生命の揺らぎによって揺らいでいるわけです。ですから、一次情報であるからといって、それをそのまま鵜呑みにすることはできません。けれども、得た情報の信頼度に差があることを前提としつつ、それを基礎としてまとめていかなければならないわけです。

その信頼度には軽重があり、術者の力量がそこで問われます。問われるのは、問診力や体表観察の能力だけでなく、得た情報を自己批判的に眺めることができるかどうかという自己観察力―自己批判能力がより重要な課題となってきます。ほんとうはどうかということを求めつづけること。この求道的な精神がまたここで必要になるわけです。

自分はほんとうに患者さんのことを捉えられているのだろうか、ということを術者はいつもいつまでも問い続けることとなります。そのように問いつつ、今、得られている情報で諦めること。そこを一次情報として基盤とせざるを得ないと諦めることから、弁証論治は始まるということが理解されなければなりません。

さて、全体観を見失わないで見る、生命力を見るということは、脉診以外の体表観察でももちろん大切になります。また、体表観察だけでなく、問診や時系列の問診においても、さらには病因病理を考えていく上でも、もっとも大切なこととなります。これら個別の項目についての詳細については、繁雑になり過ぎ、この文章の目的から逸れますので省略します。鍼灸師のための専門書である『一元流鍼灸術の門』(拙著、たにぐち書店刊)に詳細が記載されていますので、それを参考にしてください。また、実際にどのように行うのかということについては、月に一回、第二日曜日に東京の大森で勉強会をしていますので、そこに参加されることがもっとも手っ取り早いと思います。「一元流鍼灸術」で検索すると、勉強会の情報が出てきます。


上にも述べましたが、四診の情報は、患者さんによってその現れ方が異なるものです。本来的な生命力が弱い人と、それが剛強な人とでは、一見同じような脉状であっても、その評価はまったく異なるものです。

生命を見ているわけですから、これは当然のことであると言わなければなりません。四診の情報は、基本的な生命力の基盤の上に表現されているものなのです。ですから、その基本的な生命力を見極めることができていないと、それによって表現されている情報を評価することなどできるわけがありません。



生命があって反応がある


さて、生命力の基盤があってはじめて、さまざまな反応が出ることができます。生命力の強弱や敏感さなどによって、その反応はさまざまに変化しています。ですから、基本的な生命力の状態を予測し、そこを踏まえないと、表現されている諸状態(反応や症状など四診を通じて見られるさまざまな表現)がどのような意味をもっているのか、評価することはできません。

言葉にするときに、このような前提を踏まえて解説してしまうと非常に繁雑となり、書きにくくなります。そのため、古典ではまるで一定の脉状というものが存在し、それに対応した病があるかのように書かれることになりました。そのような古典の文字面を信じた後代の人々は、それらの脉状に沿って症状や病が存在しているかのように誤まって理解し、記憶することになりました。それによってさらに多くの誤解や迷信が生じています。けれどもまたこの誤解を基礎としたまま、さらに多くの脉診に関する書物が書かれることともなってしまいました。

これらの迷妄を一掃する力を医師が持つのは、日本の江戸時代の、求道的な医師たちの誕生を待たなければなりませんでした。実際に見たものを見たものとし、見なかったものを見なかったものとする。事実そのものを断固として探究し、古典に対峙して探究する姿勢をもつことができるかどうか。そのことが問われてきたわけです。

このことは実は、現代の鍼灸師にも厳しく問われていることです。この書物で最初に掲げた「聖人を目指す志」をもてるかどうか、ということが問われています。この初心の一点こそが、東洋医学探究の基礎となるものだからです。

「聖人をめざす志」をもった求道的臨床家とは、自身の臨床を問い続け磨き続ける能力のある臨床家のことです。自信満々で人々を指導する臨床家のことではありません。厳しい自己批判に耐え、次は一歩でも確かな臨床をしようと、決意している臨床家のことです。

自己の慢心を捨て、自己の劣等感を捨て、ただあるがままにある自己を受容しなお、その内側に求道の炎を燃やす。そのような臨床家のみがこの、言葉を越えた臨床を切り開き、新たな東洋医学の道を開いていくことができるのです。
弁証論治の土台づくり



この章では、人を構造的に見る方法である弁証論治を支える基盤である、情報の集め方とその評価方法について述べていきます。

四診をするということがいかに繊細な行為であるかということ。その繊細さを基礎として東洋医学は成り立っています。

言葉にし得ないものがあえて言葉として表現されて古典として構築されました。その言葉を表面的にしか読めなかった後代の人々は、備忘録のようにそれらの言葉を積み重ねてしまい、「本に読まれ」、言葉に踊らされて、誤解が誤解を生む状況も生み出してしまいました。東洋医学はこのような、勘違いも含めた重層的な言葉を基礎として成立している医学なのです。

それらの言葉が構築される以前の基盤について、これから解説していきます。言葉以前に存在している生命を、どのように見、まとめていくのかということは、これから生命の医学を構築していく上で重要な基礎となるものです。

東洋医学における治療は、そのようにして把握された生命に対して行われるものです。

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