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一元流鍼灸術

一元流鍼灸術の解説◇東洋医学の蘊奥など◇HP:http://www.1gen.jp/

風邪の内陥は裏証か


> >>「風邪との闘争が表面化する」というのは、「内陥していると思われる風邪が
> >>症状(喉が痛くなったり、鼻水が出たり、発熱したり)として出てきたら」、
> >>風邪に対して治療の手を入れるということでしょうか?
> >
> > ●はい。正気が充実し、表に邪正闘争の位置が移動した時
> > に、反応の出てい>るツボ(太陽経)を使って風寒邪を散ら
> > すことができれば、と考えています。
>
> 初診の段階で大椎、陶道、風門に発汗が診られることから、内陥している風邪
> かもしくは新しく引いた風邪かわかりませんが、初診現在の時点で風邪との邪
> 正闘争が経穴のレベルでは窺えるのかなと思ったのです。
>
> なので風邪の治療も脾腎の補いと同時に行ってもいいのかなと感じたのです。
> ただ、これは治療をされる方の考え方の違いなのかとも思い、私にはまだよく
> 分かりませんσ(^_^;


ここには、いくつかの大切な問題が内包されていますでの少し詳しく解説してみようと思います。

まず、風邪の内陥の発想の経緯については以前、以下のように述べています。

「この病因病理で大切な課題となった「風邪の内陥」のことについては、よくよく考えを究めていただきたいと思います。これはいわゆる痺証(リュウマチなど)―風寒湿の邪気が内生の邪として自己の生命力を攻撃している状態―を考究していくことからそのヒントをつかんだもので、一元流独特の概念です。いわば、痺証という病気になる以前の未病を解説しているものとなります。」

風邪の内陥という概念は、風寒の外邪に罹患していながらすぐにはそれを追い出しきることができず、風寒の外邪がいつまでも居座り生命力を損傷し続けている状態のことを指しています。これが悪化して内湿などの他の邪気と絡み合ってさらに生命力を損傷するようになると、痺証になっていくわけです。


では、内陥している風邪はいったい、病位としてはどこにあたるのだろうかということが次の問題となります。まだ生命力を圧迫している程度で一般的な生活は侵されてはいず自覚症状も出ていない段階です。ただ、生命の弁証論治をたてる中から、体表観察をしていく中からのみ気づくことができるものです。


《傷寒論》で裏証というと二便の異常があり食欲に影響が出ている状態ということになりますから、裏証とは言えません。往来寒熱を伴う半表半裏でもありません。あえて言えば太陽表証の類ということになるでしょう。

それではなぜさっさと追い出すことができないのでしょうか?ここが問題とすべきところです。追い出しきるまでの充実した生命力はない、と言わざるを得ません。けれども逆の方向からみると、邪気を内陥させるほど生命力が虚してはいないとも言えるわけです。

では邪気を追い出すにはどうすればよいのでしょうか。その正邪の闘争部位を見定めて、その部位の生命力すなわち正気を補うようにすればよいということになります。

この正邪の闘争部位の見出し方には大きく分けて二種類あります。ひとつは術者がその四診の能力を駆使して定めるものです。もうひとつは全体の生命力を高めることによって患者さん自身の生命力で邪気を見出しそれを排泄するように導くということです。


Kさんの「正気が充実し、表に邪正闘争の位置が移動した時に、反応の出ているツボ(太陽経)を使って風寒邪を散らすことができれば」という言葉の問題は、すでに衛気が弱って風寒の外邪の内陥を赦している患者さんの、「正気が充実して風邪の症状が出るのか」「再感して風邪を引いているのか」どちらなのか区別がつきにくいということにあります。別の角度からいえば、「寒邪が内陥している徴候が経穴において明瞭なのに、正気の充実を待つ必要があるのだろうか」というFさんの疑問に行き当たります。


そこで考えるべきことが実はもう一つあります。それは、《傷寒論》の承気湯類の解説の中で、裏を攻めることが早すぎて風寒の外邪を内陥させてしまうことを忌む記載がたくさんあることです。Kさんの頭の中にはこれがあったために、正気を十分に補って表証であることが確認された後に表を攻めるべきなのではないか、という記載がなされたのでしょう。

けれどもよく考えてみると、承気湯類は邪気を排泄するために生命力を裏に集める処方です。承気湯類を用いて生命力を裏に集めて大便として抜いてしまうと、それに乗じて表(あるいは半表半裏)に残っている風寒の外邪が内陥し、複雑な病を起こす危険性があるとして張仲景は繰り返し注意を与えているわけです。(漢方薬を用いると、集めた生命力以上に、排便を通して生命力が抜ける可能性があるということを経験的にして知っていたため、このような厳しい注意を張仲景は行ったのでしょう。)

それに対して鍼灸治療で裏を建てるとか脾腎を補うという場合になすことは、経穴に対して処置をして裏の生命力を補うことです。それによって全身のバランスを調えて生命力全体を充実させようとします。ということは、漢方薬を用いて行う《傷寒論》の発想と鍼灸治療の発想とはここでかなり異なることとなるわけです。

《傷寒論》は汗吐下を用いて外邪を排泄することを目標としていますので、その邪気の位置に従って用いる処方を決めていきます。それに対して鍼灸は生命力を充実させるということを基本とし、その生命力を正邪の闘争部位すなわち経穴の反応が出ている部位に集め、そこにおける生命力を補うことに主眼があるわけです。

このように考えていくと、Fさんがいわれている言葉「初診現在の時点で風邪との邪正闘争が経穴のレベルでは窺えるのかなと思ったのです。なので風邪の治療も脾腎の補いと同時に行ってもいいのかなと感じたのです。」という言葉の意味がよく理解できることでしょう。


ということで、症状が出てくることを待つまでもなく、すでに出ている経穴に対して処置をしていく方が、未病を治すという東洋医学本来の目標に合致することになると私は考えています。
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丹田の調整に力を発揮する可能性があるかもということで紹介しておきます。

水兪二十五穴とは、《霊枢・四時気篇》の中の、腰背部の経穴、
二十五穴のことです。

■ 一元流鍼灸術 裏テキストの古典篇、
■ 第七章 古典に記載されているその他の絡脉
■ 三、臓の陰絡―水兪―《霊枢・四時気篇》に記載されていま
す。


帝曰く:水兪には五十七ヶ所ありますが、これは何が主るのでしょうか?

岐伯曰く:腎兪の五十七穴は、積陰の聚まる場処であり、水が
よって出入りする場所です。〔景岳注:腎は水を主るため、すべ
てを腎兪と述べています。〕尻上の五行、五を行くもの、これは
腎兪です。〔景岳注:尻上の五行の、中行するものは督脉のこと
です。傍らの四行は足の太陽膀胱経です。五を行くものの中行
の五穴とは、長強・腰兪・命門・懸枢・脊中です。次の二行のそ
れぞれの五穴は、白環兪・中膂内兪・膀胱兪・小腸兪・大腸兪
です。さらに次の二行のそれぞれ五穴は、秩辺・胞肓・志室・肓
門・胃倉です。すべて下焦に位置して水を主りますので、腎兪と
呼んでいます。〕・・・(中略)・・・伏兎の上それぞれ二行、五を
行くものは腎の街です。〔景岳注:伏兎は足の陽明の経穴です。
伏兎の上とはすなわち腹部のことです。腹部の脉の任脉は中行
に位置し、左右のそれぞれ二行は臍をはさんで二行するもので
あり、足の少陰ならびに衝脉の発する場所です。行くところのそ
れぞれ五穴とは、横骨・大赫・気穴・四満・中注がこれです。次
の外の二行は、足の陽明経の行くところです。行くところのそれ
ぞれ五穴とは、気衝・帰来・水道・太巨・五陵〔伴注:外陵〕がこ
れです。左右あわせて二十穴。これらはすべて水気の往来する
道路ですので、腎の街と呼んでいます。〕三陰の交わるところは、
脚に結しています。踝上それぞれ一行、行くところの六穴は、腎
脉の下行するものです。名づけて太衝と呼んでいます。〔景岳
注:三陰とは、肝脾腎の三経のことです。三陰の交わるところは
ともに脚に結しています。このため足の太陰に三陰交があるわ
けです。踝上のそれぞれ一行とは、ただ足の少陰腎経だけを指
して言っているものです。行くところの六穴とは、大鐘・照海・復
溜・交信・築賓・陰谷がこれです。左右あわせて十二穴です。腎
の大絡は衝脉と併さって下に足に行き、合して盛大となります
ので、太衝と呼ばれています。〕


この五十七穴はすべて臓の陰絡であり、水の客するところです。
《霊枢・四時気篇》


                  伴 尚志
9月の勉強会、読み合わせは302p「第十章 実戦編 第二節
 選穴と処置について 5 全身の問題か部分の問題か」からと
なります。


8月には、経穴反応が出る理由は何だろう、というとても深い疑
問について討論しました。この、「経穴反応が出る理由は何だろ
う」ということはしかし、いつもいつまでも考え続けていくべき鍼
灸師にとっての課題です。


そしてこの課題の裏にはいつも、あるべき経穴反応がどうして
出ていないのだろうという、体表観察およびそれに向かう鍼灸
師―治療家の、自身で組み立てている治療理論への反省がな
ければなりません。


この自問自答のなかからはじめて、治療処置への姿勢が生ま
れてくることとなります。自分自身が何をやっているのか、何を
やろうとしているのかという確認と実践、自己批判と反省と、治
療理論の再構築がここで始めて行われるわけです。そうやって
古典は乗り越えられていくわけです。



一つの大きな経穴としての時系列をともなう全身の弁証論治、
一つの大きな経穴である今の腹診、一つの大きな経穴である背
候診、一つの大きな経穴である舌診、を通じて、本年もこれまで
体表観察―小宇宙の観察をしてきました。


9月の勉強会は、今話題の風邪の内陥が示される可能性が強
い上背部の背候診、それに手足の経穴診の実技を行います。


体表観察を通じて、今のこの身体は何を表現しているのだろう
かと考えていくわけです。楽しいですね。


                  伴 尚志
懸賞論文募集要項


目的:東洋医学を、四診に基づく養生医学として構築しなおすための理論を蓄積することを目的とします。

方法:先人の理論を乗り越えあるいは破砕し、よりリアリティーをもったものとして奪還すること。新たに構築したものでも構いません。

第一期 期限:2020年10月10日

■参加方法■

■一元流鍼灸術ゼミナールの会員は一論文につき五千円を添えて提出してください。

■一般の方は一論文につき一万円を添えて提出してください。ban1gen@gmail.com宛メールしていただければ、振込先をご案内します。

■文体は自由ですが、現代日本語に限ります。

■TXTファイルかPDFファイルで提出してください。

■選者は、疑問を明確にし文章を整理するためのアドバイスをします。

■未完成なものでも構いません。何回かにわたって完成させるつもりで、
   出していただければ、その完成へ向けて伴走をさせていただきます。


懸賞金

■特別賞:十万円

■優秀賞:一万円

■奨励賞:五千円

選者:伴 尚志

送付先(2ヶ所に送ってください):ban1gen@gmail.com,ban@1
gen.jp

受賞論文は、一元流のホームページに掲載します。

各賞の受賞本数は定めません。

東洋医学は生きている人間をありのままに理解するための技術であると私は考えています。このことについて1989年に『臓腑経絡学ノート』の編集者序として以下のように私は書いています。

『医学は人間学である。人間をどう把えているかによって、その医学体系の現在のレベルがわかり未来への可能性が規定される。また、人間をどう把え人間とどうかかわっていけるかということで、治療家の資質が量られる。

東洋医学は人生をいかに生きるかという道を示すものである。天地の間に育まれてきた生物は、天地に逆らっては生きることができない。人間もまたその生長の過程において、天地自然とともに生きることしかできえない。ために、四季の移ろいに沿える身体となる必要がある。また、疾病そのものも成長の糧であり、生き方を反省するよい機会である。疾病を通じて、その生きる道を探るのである。』と。

この考え方は今に至るも変わらず私の臨床と古典研究とを支えています。
―    平成16年 中医学大交流会鍼灸部会 講演記録


...一、はじめに


はじめまして。伴 尚志と申します。よろしくお願いいたします。皆様と同じように、東洋医学の真実の道を見極めたいと思って日々臨床を行っている、一介の鍼灸師です。たまたまご縁がありまして、このたび講師としてこの会に参加することとなりました。


中医学との縁はけっこう古くて、25年ほど前、「中国書店」から出版された「鍼灸学講義」という上海中医学院の教科書の翻訳書を入手したころに始まります。これを手にして鍼灸学校に入学したのですが、その当時はまだ経絡治療が支配的な時代で、その書物は宝の持ち腐れ状態でした。ただ、その学校にたまたま北辰会の藤本蓮風先生がおられて、そのご縁で中医学を学ぶこととなりました。

また、クラスの仲間とともに単玉堂の《傷寒論鍼灸配穴選注》を翻訳し始めたのもこの頃で、これは卒業後数年で全訳にいたりました。現在のように古典や中医学の教科書や先生方がいる状態ではありませんでしたので、とにかく無理やり中医学書を読むという意欲だけでやっておりました。

学生の頃から、いつかは読むぞと中医学書を買い集めていきました。集めたものははじめのうちは現代中医学の教科書的なものでしたが、すぐに古典が中心となりました。大きなスーツケースをほぼ空の状態で中国に旅行し、数十キロの書籍を買い集めてくるという作業を何回か行いました。お陰で書棚には簡体字で書かれた日中の古典がたくさん並ぶこととなりました。


北辰会在籍当時には、《臓腑経絡学ノート》《鍼灸医学における実践から理論へ》という書籍の編集に携わりました。また依頼されて《杉山流三部書》の現代語訳を出版し、当時まだ日本には定着はしていなかった穴性の発想を中心課題とした《穴性学ハンドブック》という書籍を出版いたしました。これは昨年台湾で繁体字に訳されて出版されております。


内弟子を卒業して奈良で開業しながら、六妖會という名前の勉強会を大阪で十年ちょっと行いました。その中で当時私が翻訳して一部出版にこぎつけた《景岳全書》の講読や、昨夜できあがり本日初公開となりました《難経鉄鑑》の研究発表を続けました。この十年間は中医学のほうでは、日本において非常に力を持ち、また、多くの立派な教科書や雑誌が出、また研究会などもあったのだろうと思います。しかし私はそちらとのご縁はほとんどありませんでした。淡々と臨床を行い古典の勉強をしていたという感じです。

そうはいってもパソコンを持っておりましたので、NIFTYというパソコン通信を通じて、外部とはつながっておりました。そこでは漢方フォーラムというものがあり、その一室に鍼灸の部屋がありました。依頼されてそのボードオペ(室長)をしながら、それまで学んだことやどのように考えて治療を行っているのかということに関してたくさんの発言を行いました。その過程で貴重なご意見を伺ったり、漢方薬の勉強に目を開かされたりしました。


そのような積み重ねを経て東京に移転することとなり、この機会にこれまで考えてやってきたことをまとめておこうと思って書き上げたものが《一元流鍼灸術の門》です。これはたにぐち書店から出版していただきました。

この中身についてまた後で解説することとなります。鍼灸の弁証論治はどのようにあるべきかということを、東洋医学的な人間理解を基礎として書いたものです。

東京に移転してから、この《一元流鍼灸術の門》を基礎とした実際に使える弁証論治の勉強会を開くこととなりました。これが現在に続く一元流鍼灸術ゼミナールです。ゼミのメンバーがここで実際に弁証論治を作る練習をしています。この過程で、弁証論治のまとめ方などがさらに洗練されてきました。今回はその、現在までの成果を皆様にご紹介いたします。
首章:一元流鍼灸術の概要

一、はじめに

二、基礎概念
1、医学は人間学である
2、弁証論治
3、気一元として観る
4、人間観は陰陽五行

三、一元流鍼灸術の実際
1、人間理解のための二つの角度
2、収集した情報をまとめる
3、病因病理の作成法
付:分かることを積み重ねる
4、処置とその確認

四、基礎的な人間観
人は中心を持つ気一元の統一体
付1:《難経》六十六難の図
付2:行灯の図
付3:肝木を中心とした生命観

五、まとめ

六、付記
一元流鍼灸術。この名前でもっとも大切なものは、一元という言葉です。なぜこの名前を用いたのかというと、陰陽を語り五行を語り中医学を語る人々はいますけれども、一を語ることがもっとも大切であるということを教えてくれたところは私が学んだ限りなかったためです。

一すなわち気一元という言葉そのものはこれまでの中医学や朱子学などで出てきてはいました。そしてかの張景岳もその有名な「景岳全書」の冒頭の伝忠録においてそのことを強調してはいるのですが、目先の治療にとらわれて書物を読んでいる人々にはその大切さが理解されていないようなのです。そのためこの「一」という言葉を用いて当流の名前としました。この名前を知っているだけで、徐々に東洋医学の中心に近づくことができるように、気一元の生命のあり方を観ているのだという基本に気づけるようにと配慮しているわけです。

気一元の生命の変化、あるいは一元の気がその形を変えあるいはバランスを崩すことの中に病気があるということ。これはすなわちそのまま、今生きている生命を観ている者―すなわち我々施術者にとって、その統合された生命こそが当たり前であり、「統合された生命の観点から観ない限りその生命の有り様を観ることはできない」ということを意味しています。

西洋医学が陥っていた機械的な人間観に通じる問題が、東洋医学においてもありました。そしてそれは陰陽―五行という抽象的概念を操作しているものであるため、西洋医学よりもたちの悪い「妄想」となってしまいました。気一元の生命を観ているという視点から始めるのではなく、陰陽や五行という枠組みで症状を機械的に分類することで、病気が理解でき治療ができると思い込んでしまっているのです。

ただ、根本的な生命観を問うことなく東洋医学の歴史は経過してきたため、このおかしな病気の把握方法は逆に大きな問題となりませんでした。このことを問題にするよりもはるかに大きな問題が実は東洋医学にはあったとも言えるのかもしれません。

それは、症状に対して処置をするという民間療法的な治療の積み重ねによって起こったものです。症状以前に人間があると考えて、人間全体を観ようとすることへの姿勢の脆弱さによるものでした。

四診合参に基づいた弁証論治の目的は、目の前にいる人間の生命状況を把握することです。生命の前に病気があるのではなく、生命が厳然と存在しているから病気があり症状が出ているのです。生命全体を見るからこそ、陰陽―五行という観点からの把握方法が生きてきます。

けれどもそのことが理解できず、「弁証論治は症状に対して行うもの」とまで述べてしまう「鍼灸名人」〔注:「上下左右の法則」序文:藤本蓮風著〕まで現れることとなってしまったのです。


一元流鍼灸術における弁証論治は患者さんの生命の状態を記述することに注力します。これを「生命の弁証論治」と呼んでいます。患者さんの生命状況の理解の上に初めて病状の理解があります。

もし弁証論治というものにまじめに取り組んでおられたなら、この生命の弁証論治に到達せざるを得ないはずです。なぜなら、病気は生命の一時期のバランスの小さな崩れにすぎないからです。

そして東洋医学を特徴付けている養生術というものは、この病気となる以前のかすかな生命のバランスの崩れを調整するためにあり、この生命の弁証論治によらなければ患者さんの状態を把握することなどできないためです。


西洋医学が現代においてその病を治療するのに苦しんでいるように、東洋医学も苦しんでいます。医学の本質は養生指導にあるということに気がつき、今目の前にある症状は生命力の現れの一形態にすぎないという基本的な理解の下、一元流ではどのようにしてそのような生命を把握しようとしているのかということがここでは述べられています。

本書の内容は、一元流鍼灸術の勉強会の仲間たちへのメッセージを中心とし、そこから派生した質疑応答などが、現時点(2013年末)までまとめなおされています。

全ては、
学びつづけていくための心の姿勢を説いた「学ぶ」、
学びつづけていくための資料の集め方を説いた「観る」、
学びつづけた蓄積を社会に還元するための「治療する」
という、三項目に分けられています。

冒頭の「一元流鍼灸術の概要」は、一元流鍼灸術をご存じない方のためにまとめたもので、もともと2006年の中医学大交流会で発表した原稿に少し手を入れたものです。

この書によって生命を応援する弁証論治を作成するための、実際的な方法を入手することができるでしょう。
知識と知恵


一元流鍼灸術と、中医学との違いの中心は何かというと、
知恵(一元流)と知識(中医学)の違いにあります。

知識は、積み重ねて記憶すれば増えていきます。
知恵は、物事の理解の深さによって変化します。
知識は量的なものですが、知恵は質的なものです。

ものごとを理解するということはほんとうは知恵を深めるという
ことを意味しています。
けれども現代では知識の量を競う傾向にあるようです。

知恵は個人的な理解であり、他者と比較することはできず、教
えることも難しいものです。気づくことを続けることによってしか
深まることのできないものです。この気づきを得るために言葉
が使われます。

知識はその量を他者と競うことができますし、正確かどうかとい
う観点からも計りやすいものです。理解することはできなくても
増やすことができます。ですからテストをすることなどで比較す
ることができます。

けれども、蓄積した知識を総合し、ほんとうの理解にしていこう
とすると、知恵の力が必要になります。そのとき、知識のほとん
どは必要がないものだったと気づき、愕然とすることになります。
知識は不安の覆いのようなものでえ知恵を曇らせることが多い
わけです。

一元流鍼灸術で行っていることは、探究以前のとっかかり。知
恵を深めるための基盤づくりにあります。鍼灸という言葉を超え
た世界に住むわれわれは、その道を理解し探究していくことが
できると考えているためです。

知識を横軸とすれば知恵は縦軸です。縦軸は大黒柱のようなも
のです。さまざまな知識はそこから出てきます。言葉が流れ出
す源のようなものです。流れ出した言葉は知識として集積されて
います。知恵のない人が集積された知識をまとめたものが中医
学です。ですから中医学を乗り越えることが必要になるわけで
す。
8月の勉強会は、初めに、経穴反応の出る理由とは何だろうという私の発議を中心にしてさまざまなお話しが出ました。生理的な個々人の肉体の上に生理的な経穴反応が出る。これもゆらいでいるわけですけれども、そこに病理的な状態が加わることによってさらに個々の状況に従って経穴反応が出る。鍼灸の弁証論治はそのあたりのゆらぎを明らかにするために行われる。

内傷の問題なのか外感の問題なのか、臓腑病か経絡経筋病かということはまず大切なことになる。そのあたりをあきらかにし、気の偏在すなわち濃淡を明確にすることによって鍼灸の手の入れ方を考えていけるようにすることが、鍼灸における弁証論治の役割であろう。

このような鍼灸における弁証論治と、生薬による弁証論治とでは自ずとその方法は異なってくる。鍼灸で人を殺すことは難しく、ほとんどは補法として作用する。それに対して、生薬では無理に汗吐下を起こさせることもできるし、毒薬を処方することもできる。そのため発想が異なる。といったことをお話ししたような気がします。まだいろいろ話したと思いますが、私は今のところ記憶にございません。

読み合わせは、『選穴と処置について』296p~301pまででした。

休憩の後、胸腰部の背候診を行いました。現在出現している経穴反応を、背後にある筋肉の状態の変化の可能性とともに解説しました。

飲み会では、野口整体の話をずいぶんしていた気がします。
虚実


気虚気滞という言葉で考える必要があることは、完全な気虚、
完全な気滞はないということです。生命がそこにあるということ
は動いているということです。動くということは気を偏在させてい
るということです。気が偏在できるということは気一元の身体の
中に生命力が偏在するということを意味しています。この状態を、
気虚と気滞が同時に存在していると表現します。

どこが虚しどこが実しているのかすなわち、気の濃淡が生命に
はあり、それを構造的に見出すために四診があります。

虚実という言葉を使って述べていますけれども、これは相対的
なものなのです。絶対的な虚であれば死んでいます。絶対的な
実であれば動くことはできません。虚実甲錯していることが生命
の本体なわけです。

気一元の生命の中に生命力の濃淡があり、その生命は虚実が
甲錯している。それが生命の本体である。ということです。

その生命力を動かす、そもそもの生命力の量が少ない場合、こ
れを気虚の強い人と呼びます。その中には、生命力の量が少な
いため、少ない生命力を今あるべきところに集めなければ、生
活そのものがしにくい人もいます。食事をすると胃に生命力が
集まり他はおろそかになるために眠くなったり、月経や排卵に
ふりまわされて体調が大きく変化したりするわけです。

この気虚にも、レベルの強い気虚の人もいますし、そのレベル
が弱い人もいます。そして、生活状況との関連で、全身の気虚
が悪化している方向にある人と、緩解している方向にある人と
がいます。

このそもそもの生命力の量を充実させようとするということが脾
腎を調えようとすることです。脾腎の生命力に沿った生活をする
ことによってはじめて、それが可能になります。基本的にはこの
レベルを問い、解答をみつけようとすることが弁証論治というこ
とになります。
301P

思うに、幸福とは、さらにもっと生きようとすることであって、生きていることの「条件」とはまったく違う。〔伴注:金があるから幸福とか、家族があるから幸福とか、友人がいるから幸福とか、誰かに認められているから幸福とか、そういう「何らかの条件」があるから幸福であると思うのは、ほんとうの幸福ではない。〕生きることのなかに「強度の差」(ギュイヨー)があって、生をより強く感じられる生き方がある。植物や鳥や、生きているものたちに感じるのはそれである。道端の草花を見てはっとしたことを、振舞と言葉と思考に反映させ、諸感覚の快を喜びに転換することである。

〔伴注:短歌や俳句、踊りなどの芸術や武道の鍛錬。連鎖していく気づきによって深まる生の密度。感覚と思考の成長。それらが「振舞と言葉と思考に反映させ」られることによって、自身の生命の中に定着していく。このことを幸福と船木亨は述べている。

「振舞と言葉と思考に反映させ」られることによってはじめて、生の密度が自覚的に深まると考えているわけである。身につく、という言葉の本来の意味はこういうことなのだろう。

そしていつも気づきの喜びのなかにいることを、幸福と呼ぶ。


船木亨著『差異の哲学』に触発された私の言葉は、これで終わります。「気づき」が起こる心の位置を自覚すること、それが臨床の、初発の心の位置です。このみずみずしさ―初心を忘れないように私は心がけています。
.懸賞論文募集要項


目的:東洋医学を、四診に基づく養生医学として構築しなおすための理論を蓄積することを目的とします。

方法:先人の理論を乗り越えあるいは破砕し、よりリアリティーをもったものとして奪還すること。新たに構築したものでも構いません。

第一期 期限:2020年10月10日

■参加方法■

■一元流鍼灸術ゼミナールの会員は一論文につき五千円を添えて提出してください。

■一般の方は一論文につき一万円を添えて提出してください。ban1gen@gmail.com宛メールしていただければ、振込先をご案内します。

■文体は自由ですが、現代日本語に限ります。

■TXTファイルかPDFファイルで提出してください。

■選者は、疑問を明確にし文章を整理するためのアドバイスをします。

■未完成なものでも構いません。何回かにわたって完成させるつもりで、
   出していただければ、その完成へ向けて伴走をさせていただきます。


懸賞金

■特別賞:十万円

■優秀賞:一万円

■奨励賞:五千円

選者:伴 尚志

送付先(2ヶ所に送ってください):ban1gen@gmail.com,ban@1
gen.jp

受賞論文は、一元流のホームページに掲載します。

各賞の受賞本数は定めません。


【参考論文】

参考論文として私の発表しているものを提示しておきます。この参考論文は、私の興味の及んだ範囲ですので、狭いと思います。世界がもっと拡がると嬉しいです。

自分の井戸を掘る、ただし独断ではなく他の人々が理解できるように。ということを目標にしていただけると幸甚です。


論文【肝木の身体観】

 一元流鍼灸術の身体観



論文【一元流鍼灸術とは何か】

 一元流鍼灸術の道統



論文【奇経一絡脉論とその展望】

 奇経を絡脉の一つとした人間構造



論文【『難経』は仏教の身体観を包含していた】

 『難経』に描かれている身体観



論文【日本型東洋医学の原点】
 江戸時代初期の医学について



論文【本居宣長の死生観】

 死生観について



論文【疾病分類から生命の弁証論治へ】

 養生医学の提言



論文【鍼灸医学のエビデンス】

 エビデンスを磨く上での課題と目標





..始まりの時


始まりの時


東洋医学は、先秦時代に誕生し、漢代にまとめられ、人間学、養生医学として現代に伝えられています。天地を一つの器とし、人身を一小天地と考えた天人相応の概念を基礎とし、それをよりよく理解するために陰陽五行の方法を古人は生み出しました。臓腑経絡学は、あるがままの生命である「一」天人相応の「一」を実戦的に表現した、核となる身体観となっています。

天地を「一」とし、人を小さな天地である「一」とするという発想が正しいか否かということは検証されるべきところです。けれどもこれは東洋思想の基盤である「体験」から出ているということを、押さえておいてください。

この「一」の発想は、古くは天文学とそれにともなう占筮からでています。また、多くの仏教者はこのことを「さとり」として体験しています。そして多くの儒学者の中でも突出した実践家である王陽明は明確に、「万物一体の仁」という言葉で、この「一」を表現しています。

ですので、この「一」の視点は、思想というものを支える核となる体験を表現しているものです。これは、ひとり支那大陸において思想の底流となったばかりではなく、日本においても神道―仏教(禅)―儒学(古義学)を貫く視座となっています。


視座とは、ものごとを理解し体験するための基本的な視点の位置のことです。東洋思想の真偽を見極めるためにはこの「視座」を得る必要があります。それは、真実を求めつづける求道の精神を持ち続けることによって得るしかありません。このように表現すると何か古くさい感じがしますが、実はこれこそ、科学的な真理を求める心の姿勢そのものです。

この心の位置を始めにおいて、我々はまた歩き始めます。東西の思想や医学を洗い直し、新たな一歩をすすめようとしているわけです。

医学や思想の基盤を問うこと、ここにこの勉強会の本質は存在します。

体験しそれを表現する。その体験の方法として現状では体表観察に基づいた弁証論治を用い、臨床経験を積み重ねています。それを通じて浮かび上がってくるものが、これからの臨床を支える基盤となります。いわば今この臨床こそが医学の始まりの時です。

我々の臨床は自身のうちに蓄積された東西両思想、東西両医学の果てにあるものですが、その場こそがまさに思想と医学が再始動する場所なのです。

臨床において我々は、何を基礎とし、何を目標とし、何を実践しているのでしょうか。この問いは、古典をまとめた古人も問い続けた、始まりの位置です。この始まりの問いに対し、再度、向き合っていきましょう。
301P

何であれ自分が成長し、できなかったことができるようになるということは楽しいものである。「楽しい」とは不安をごまかすためにひとびとが集い、瑣末なことに集中するようなことではない。それは、確固とした思考と振舞と言葉をもつことであるだけでなく、生について知ること、感じられた不思議な、ひとを無力にさせるもの〔伴注:できないとして諦めることが、ひとを無力にすることである。〕から、かえってそこから力を得ることができるようなものを分かつことである。〔伴注:要するに、これまでできなかったことができるようになり、それを通じて自信が生まれていく過程のそれぞれの段階のことを、本当の意味での楽しいことであるとしているわけである。〕
〔伴注:生命を見るわれわれにとって、エビデンスは「気づき」にある〕

300P


特異な差異を発見することが、「分かること」の実践である。ここでの「分かる」とは、「これこそそのものだ」というように、〈もの〉にはっとさせられることである。同一性に規定された諸事物についての言説を拒絶して、異なるもろもろの〈もの〉を、ただ異なると感じ、知ることである。〔伴注:ただ異なると感じ、知るという精神的な営為は、日々研ぎ澄まされていく。それによって、ただ異なると感じ、知るという精神的な営為そのものが変化していく。いわば、気づきの日々が積み重ねられることによって「次元の異なる存在」に自分がなっているわけである。〕

〔伴注:真実の宗教は、この気づきを養うものである。それは信仰を排除するものであるとも言える。しかし、信仰を通じてはじめて気づきの世界に入ることができるとも言える。ここが大問題となる。自分のすでにもっている概念―思いこみ―「常識」の枠組から離脱することは、それほどたいへんなことなのだ。信仰という力を使ってはじめて「自分」から救い出される道もある。しかし、さらに、その信仰そのものをも捨てることができなければ、「気づき」の世界に入ることはできない。なぜなら自分自身以外に世界に気づくことができるものは存在しないのだから。自分を捨て再度自分を基盤にすることを獲得しなおす。自分を磨き続けるところにしか、新たな道―新しい自己を獲得し続ける方法はない。「気づき」に入る人はこの深い孤独と絶望を覚悟しなければならない。それほどまでに自己を超えることが困難であるということを自覚する必要がある。〕

〔伴注:真実の宗教とエセ宗教の違いは、自覚をうながすために信仰を使うのか(真の宗教)、信仰させることを通じて教えを記憶させるのか(エセ宗教)の違いにある。永遠の気づきのなかに自己を置くということは、自己否定に通じる永遠の不安定のなかに安住を見いだすということでもある。その不安定に対して安易な安定と協調とを忍びこませるものが、エセ宗教である。信仰の暴力によって他者を否定していく傲慢さを、彼らエセ宗教家はもつこととなるのである。しかし実はこのような傲慢さ―暴力―は、いわゆる社会常識―あたりまえ―のなかに深く強く潜んでいるということはいうまでもない。人はそれほどまでにあたりまえの今に安住したがるものなのである。自身が培って済んでいる今のあたりまえを疑うことができるか。そのことが今を磨き、自己を毎瞬の「気づきの場」に存在させる源となる心の位置なのである。〕

〔伴注:このように「気づき」ということについて語ると、宗教的であるというレッテルを貼る人がいる。宗教を超える道、信仰を超える道を道とすると述べているにも関わらず、彼らにとって自分が理解できないことは宗教的なことなのである。彼らのその惰性の宗教―無自覚の常識に安住し生命にレッテルを貼って満足する傲慢な宗教―こそ打破されなければならないものである。そこを超えることができなければ、到底「真の理解」「気づき」には辿り着くことができない。すなわち体表観察すらまともにできない、頭でっかちの鍼灸師ができあがるのである。重要なことは言葉にあるのではなく、言葉を超えたリアリティー―生命そのものをいかにしてつかみ表現するのかというところにある。表現された言葉は蓄積されてゆき、理屈を考えるひとびとによってまとめられてゆく。しかしその言葉の群れを通じてつかまなければならないものは実は、生命そのものの動きなのである。〕
■むすび ―反存在論的に
『差異とは何か』〈分かること〉の哲学 船木亨著 世界思想社 刊 2014年7月30日 第1刷発行 「あとがき」より。
〔伴注:「差異の哲学」とは、私の言葉でいえば「気づきの哲学」になる。本書は、「気づき」の中身について哲学史に基づいて精緻に述べている書物である。〕
〔伴注:鍼灸師の体表観察において、惰性に流されないためにはいつも新鮮な「見る」姿勢をとり続けることが求められる。それは日常に流されず、新たな気持ちでいつも初めての患者さんを診るように見る、そういう心の位置を定めることである。その心の位置にない場合、「見た」ものを「見る」ことしかできない。「見た」ものをいくらたくさん集めても、新たに「見る」ことはできない。すでにあるもの―過去を集積しているだけでは、新しい今は生まれない、「生命にまなぶ」姿勢を取ることはできていない。「生命にまなぶ」ためにはいつも心を新たにして生命に向かう姿勢が必要だからだ。新しい心、気づきに気がつく姿勢こそが、生命にまなぶ必須の姿勢である。〕
〔伴注:昨日と同じ今日はない。「今」はいつも新たな血なまぐさい深淵を開いている。そこにすべての防具を投げ捨てて突入する。これができなければ気づきうるということはできない。防具は、言葉や過去の経験に基づいて湧き起こる感情を指している。〕

■〔伴注:惰性(同一性の思考)から気づき(差異の哲学)へ。そして感じることの再発見へ〕
298P
同一性の思考とは、存在、実在、実体、本質といった形而上学的諸概念を使って、ただ眼のまえにある〈もの〉〔伴注:〈もの〉とは、あるがままにある「相互主観性の実体」のことを意味している〕〔伴注:「相互主観性」とは、私が捉えたものと同じものをあなたが捉えているというときの、私が捉えたものとあなたが捉えたもののことである。捉えたものの実体は実は同じとは言えない―すなわち異なる。その新鮮な今を少し捨てることによって、主観が交わる。ここに「相互」という言葉をつけた「主観性」が成立し、共有できそうな言葉が生まれる。〕ではなく、無時間的ないし普遍的にあるものによって、経験を「あるもの」と「あらぬもの」に分類して説明しようとする思考である。それが、近代においては、言語の指し示す権能を活用して、ひとびとの身体を事物のようなものへと形成し、機械的、定型的な行動に閉じ込めて、「わたし」を孤立した主観として思考させるようにした〔伴注:そのようにして個々人が相互主観性のなかから独立して粒立ち、孤独の牢屋に入りこんでしまう。〕―――そのようにして、〈もの〉を思考させない299Pようにしているのである。〔伴注:ここでいう思考のなかには、頭の中で考えるという意味だけではなく、さらに、見て感じることを包含している。言葉を超えて存在そのものに肉薄することこそが、思考の本体である。それに対して惰性で生きること、すなわち機械的、定型的な行動に閉じこもるということは、思考停止させられているということである。このことを船木亨は同一性の思考と呼んでいる。書物を死物である。活物としてこれを読むには、患者さんのあるがままの生をあるがままに見ることによって、書物を点検していく姿勢が必要なのである。〕

それに対するわたしの主張はシンプルである。言葉で与えられる諸事物は、われわれが生きている〈もの〉のことではない。〔伴注:すなわち、言葉は表現方法のひとつにすぎない。われわれが生きている〈もの〉を何とか表現しようとして生まれたもののひとつが、言葉なのである。〕われわれの宇宙、世界、自然、社会は、同一性に由来する事物相互の見かけの差異に覆われてしまっているが生きることを真に理解するためには、特異な差異、差異それ自身を知っていなければならない。〔伴注:言葉を超えて存在そのものに肉薄する必要がある。自分が現在もっている言葉を超えた、全く新しい「気づき」を得るほどに〕

それが「差異の哲学」なのであるが、それは何であれ同一性にのみ基づけようとする日常の思考〔伴注:すなわち、日常という名の惰性。言葉で存在を切り取って表現してしまうことによって、気づきへの思考を停止させるもの。すなわち日常の思考〕を批判する哲学である。いたるところに隠蔽された特異な差異を蒸し返し、〔伴注:特異な差異とは、言葉を超えて存在そのものに気づくこと。〕記憶の詰まっている宿命的な身体〔伴注:記憶は言葉によって分類され潜在化された無意識の構造である。そのため、「宿命的な身体」と表現している。〕から身をもぎ放つことを勧める哲学である。言葉が差異を飼いならし、特異な差異を追放してひとを事物の世界に住まわせているわけだが、それとは逆に、言葉が差異を掬いだし、感じられる生の世界を人々に発見させる―――それも不可能ではないであろう。〔伴注:この言葉は、船木亨が自身に対して述べている、哲学者あるいは哲学の存在理由。いわば、存在のリアリティーに気づくことによって開けて来る社会を招来しようと船木亨はしている。しかしさて、敵は巨大な無知、怠惰、惰性、習慣的な思考である。ここには、積み重ねられた古典の群れと、それをパターン化して読み解こうとする中医学の常識とがある。沢田健が、「書物は死物である」としながらも、その「書物」を読み砕く先に活物である生命を見ていこうとした決然たる覚悟を見なければならない。すなわちパターン化した読み方では古典を読み解くことはできない。生命の書として古典を読まなければならないということである。文字の先に生命がある。その生命を読む、理解できるところまで、文字を言葉を超えていかなければならない。〕

生の世界とは、匿名で生きている感覚と振舞の世界である。〔伴注:言葉を超え、言葉の介入を許さないため、匿名という言葉を用いている。しかしこれは、言葉を超えることによって真の言葉の使い方を手にした、詩的な世界のことである。〕(現象学のいうような)真なる認識のための下絵のようなものではなく、ここそこに息づいていて、われわれの言葉と振舞を揺さぶり賦活する。〔伴注:ここでの賦活という言葉の新鮮な響きに耳を澄ますべきである。賦活とは新たに生まれること。生命そのものを新たに捉えなおすことである。〕それらは〈いま〉の推移からはじまって、時間の差異、感覚の差異、振舞の差異、言葉の差異の体系の、それぞれに特異な差異のもとにある。差異の経験とは、それらに気づくことにほかならない。〔伴注:気づくことによって起こるこの経験のことを私は、精神のジャンプと呼んでいる。船木亨はそのことを、哲学史の言語体系に従って「差異」と呼んでいる。〕

船木亨『差異とは何か』


船木亨は、現代の日本の哲学者です。その『現代思想史入門』の裏表紙に書かれている自己紹介によると。

1952年東京都生まれ。東京大博士(文学)。東京大学大学院科学研究科(倫理学専攻)博士課程修了。専修大学文学部哲学科教授、放送大学客員教授。専攻はフランス現代哲学。著書に『メルロ=ポンティ入門』(ちくま新書)、『進化論の5つの謎』(ちくまプリマー新書)、『ドゥルーズ』(清水書院)『〈みること〉の哲学』『差異とは何か』(ともに世界思想社)『現代哲学への挑戦』(放送大学振興会)など。

ということです。わたしはその『進化論の5つの謎』にはじめに触れて感銘を受け、今年の収穫として勉強を続けています。上記書籍以外にもおそらくは大学での資料を書いているうちに大部になって、出版に至ったと思われる『現代思想講義』『現代思想史入門』といった、包括的な書物も書かれています。

数ある著書のなかでももっとも独創的であるとわたしが感じた『差異とは何か』との格闘について少し提示しておこうと思います。感銘を受けた著書とどのようにわたしが格闘しているのかという姿を見ていただけると、皆さんの勉強の参考になるのではないかと感じたためです。

以前紹介しましたように、わたしは感銘を受けた著書については読書記録を作っています。書名と著者名と刊行書店名、刊行年月日などを付したファイルを作り、その中にページを付して、感銘を受けた文章をタイピングしています。書物というものは本来、その全体で表現されているものです。ですからほんとうは、全体を読み込むなかからひとつの文章の意味を読みとり、解釈していくという読み方をするべきなのでしょう。

けれどもこの船木亨の場合(精神分析学者の木村敏やカウンセラーの熊倉伸宏もそうですが)全体の山が高く、最初からその全貌を把握することは困難です。そのため、その裾野で文章をピックアップしつつ、自分の中で対決しています。そうやって、「智の山登り」をしているわけです。

船木亨の書物にはひとつ特徴があります。それは最後の「むすび」の章で、その書物の解題を行っていることです。緻密な論証を加えて書かれている本文を少し離れて、自身で何を考えているのか俯瞰し検証しようとしているわけです。

『差異とは何か』という書物の「むすび」の部分の文章からいくつか引用し、わたしの解釈を入れておきたいと思います。上記しましたようにわたしは智の登山中ですので、わたしの解釈が正しいということではありません。このように考えながら今のところ、登山中の風景を楽しんでいるよということです。

基本的に原文を書き写し、それに〔伴注:〕として、わたしが注を入れています。注とはいいますけれども、原文に触発されて考えたことを書いています。

次回から内容に入ります。
東洋医学は、先秦時代に誕生し、漢代にまとめられ、人間学、養生医学として現代に伝えられています。天地を一つの器とし、人身を一小天地と考えた天人相応の概念を基礎とし、それをよりよく理解するために陰陽五行の方法を古人は生み出しました。臓腑経絡学は、あるがままの生命である「一」天人相応の「一」を実戦的に表現した、核となる身体観となっています。

天地を「一」とし、人を小さな天地である「一」とするという発想が正しいか否かということは検証されるべきところです。けれどもこれは東洋思想の基盤である「体験」から出ているということを、押さえておいてください。

この「一」の発想は、古くは天文学とそれにともなう占筮からでています。また、多くの仏教者はこのことを「さとり」として体験しています。そして多くの儒学者の中でも突出した実践家である王陽明は明確に、「万物一体の仁」という言葉で、この「一」を表現しています。

ですので、この「一」の視点は、思想というものを支える核となる体験を表現しているものです。これは、ひとり支那大陸において思想の底流となったばかりではなく、日本においても神道―仏教(禅)―儒学(古義学)を貫く視座となっています。


視座とは、ものごとを理解し体験するための基本的な視点の位置のことです。東洋思想の真偽を見極めるためにはこの「視座」を得る必要があります。それは、真実を求めつづける求道の精神を持ち続けることによって得るしかありません。このように表現すると何か古くさい感じがしますが、実はこれこそ、科学的な真理を求める心の姿勢そのものです。

この心の位置を始めにおいて、我々はまた歩き始めます。東西の思想や医学を洗い直し、新たな一歩をすすめようとしているわけです。

医学や思想の基盤を問うこと、ここにこの勉強会の本質は存在します。

体験しそれを表現する。その体験の方法として現状では体表観察に基づいた弁証論治を用い、臨床経験を積み重ねています。それを通じて浮かび上がってくるものが、これからの臨床を支える基盤となります。いわば今この臨床こそが医学の始まりの時です。

我々の臨床は自身のうちに蓄積された東西両思想、東西両医学の果てにあるものですが、その場こそがまさに思想と医学が再始動する場所なのです。

臨床において我々は、何を基礎とし、何を目標とし、何を実践しているのでしょうか。この問いは、古典をまとめた古人も問い続けた、始まりの位置です。この始まりの問いに対し、再度、向き合っていきましょう。
ということで、一元流鍼灸術では、懸賞論文を募集しています。
ふるってご応募ください。

■懸賞論文募集要項

目的:東洋医学を、四診に基づく養生医学として構築しなおすための理論を蓄積することを目的とします。

方法:先人の理論を乗り越えあるいは破砕し、よりリアリティーをもったものとして奪還すること。新たに構築したものでも構いません。

第一期 期限:2020年10月10日

■参加方法■

■一元流鍼灸術ゼミナールの会員は一論文につき五千円を添えて提出してください。

■一般の方は一論文につき一万円を添えて提出してください。ban1gen@gmail.com宛メールしていただければ、振込先をご案内します。

■文体は自由ですが、現代日本語に限ります。

■TXTファイルかPDFファイルで提出してください。

■選者は、疑問を明確にし文章を整理するためのアドバイスをします。

■未完成なものでも構いません。何回かにわたって完成させるつもりで、
   出していただければ、その完成へ向けて伴走をさせていただきます。


懸賞金

■特別賞:十万円

■優秀賞:一万円

■奨励賞:五千円

選者:伴 尚志

送付先(2ヶ所に送ってください):ban1gen@gmail.com,ban@1
gen.jp

受賞論文は、一元流のホームページに掲載します。

各賞の受賞本数は定めません。

おわりに 生命の医学に向けて



東洋医学は、生命をありのままに診て捉え、生命力の偏在を調える技法を内包しています。けれども実際に何が行われて、どうして治療効果が上がっているのかきちんと理解されてません。その理由は、古典の理解のしかたの甘さや、探究の不足によります。

今、目の前にある患者さんを通じて理解するべきなのは。古典の記載がいかに甘いかということです。言葉としてたくさん書かれ理論として学校で教えられるものよりも、患者さんの身体は無言でたくさんのことを教えてくれています。

その無言の言葉を聞く耳を持たなければ、臨床は実は成り立ちません。その耳の澄まし方と、それによって聞き取っている言葉について、ここまで少しだけですが私の意見を述べてきました。

大切なことで言い足りなかったことも多く、強調したいために繰り返し述べているところも多くなりました。

これからさらに自身を磨き上げていくことによって、さらに新たな世界が見えてくることを予感しています。その時にはこの文章は、自ら振り返って恥ずかしいものとなっているかもしれません。けれども、これが今の私の実力です。今表現できることの中心をお話しすることはできたと思います。

人々の生命を応援していきたい。そのために私は何ができるのだろうか。そういうところから探究は始まっています。


ギリシャ医学―いわゆる紀元前400年頃のヒポクラテスの医学とそれを継承しまとめた紀元後200年頃のガレノスの医学、それがイスラム諸国に継承されたユナニ医学、それを継承した中世西洋の修道院における医学及び、それを継承した西洋における伝統医学は、体内における体液(生命力)のバランスをとることによって生命力を向上させ、疾病からの離脱を図るという発想を持っていました。

そしてこの考え方は18世紀のドイツにおける医学大学でも医学の基礎として教育されていました。

これはまさにここで述べた生命の医学そのものに思えます。もしかすると、伝統医学というのは実は生命力を問題にしそれに関わろうとしていた医学なのかもしれません。であれば、第九章の医学の目的で引用した木村敏の言葉はまさに、エビデンスを求め科学主義に偏してしまった人を人とも思わぬ医学から、生命医学の伝統を取り戻そうとする、精神分析学者からの呻き声とも聞こえます。

東洋医学を行ずる者たちが、生命医学の伝統を取り戻そうと意志することはあるのでしょうか?それとも、このままエビデンスという名の科学主義に押しつぶされていくのでしょうか。

この論考が、機械論的な症状の医学ではなく、総合的な生命の医学へと鍼灸医学が脱皮していくための足がかりとなれば幸いです。
知識を得ること知恵を得ること


一元流鍼灸術では、「一」ということを学びます。「一」の眼差しがすべてを貫通しています。このことを理解できるようにテキスト「一元流鍼灸術の門」は祈りを込めて作られています。

けれどもこれを理解することは、なかなか難しいらしいのです。難しい理由は、多くの場合これまでの勉強法にあります。言葉を暗記してそれで試験を受けて合格する。この繰り返しを勉強と称して行ってきた方がほとんどでしょう。社会的な要請としても、それがその人の技術のレベルを示すものとされてもいるわけで、免状などもそれを規準に与えられるようになっています。

これに対して一元流鍼灸術では、「一」の理解を通じて人間を理解するということに特化しています。応用自在の知恵である「一」に対する理解の方法を提供することによって、人間理解を個別具体的に行えるように工夫しているわけです。

知識というものは、この「一」に対する理解を、言葉を使って表現したことから始まります。ですから知識は本来、飾りでにすぎません。群盲が象を撫でて語った言葉の集合なのです。そのため、知識をいくら積み重ねても、目の前の人間を理解することはできません。

見て感じて表現する者として、そこすなわち対象が存在する場所に、自身を存在させることがなければ、始まりの理解は得られないわけです。暗記した言葉、文字として書かれている古典などは、その「表現された言葉」に過ぎません。表現された言葉をいくら積み重ねてみても、それだけでは存在そのものに肉薄することはできません。存在そのものは言葉を超越しているためです。

言葉は、存在しているものをパターン化し、その作成されたパターンに存在を当てはめてしまいがちです。これでは、理解にはなりません。パターンが作成される以前に存在はそこにあり、それを理解するために「仮に」パターン化された言葉でそれを表現しているに過ぎないからです。言葉は仮の姿です。仮の姿は―あたりまえのことですが―実在ではありません。この「実在」こそが本来の意味での「古典」であると、一元流鍼灸術では主張しています。つまり、目の前の患者さんこそが、ほんとうの古典なのです。


『易』の「繋辞上伝」には、「易は天地と準(なら)う。故に能く天地の道を弥綸(びりん)す。仰いでもって天文を観、俯してもって地理を察す。」と述べられています。どういう意味かというと、六十四卦で構成されている「易」というものは、天地の完璧さを基準としてそれを表現しているものなので、天地の法則をすべて包み込んでいるものである。その解説書である本書『易経』は、実際にそこにある天文と地理とを観察することによって書かれているものである。ということです。

易はもともと、八卦〔伴注:一を八つの角度から眺めること〕から始まり、それを上下に合わせて六十四卦〔伴注:一を六十四の角度から眺めること〕に拡げられたものです。初めは解説などはありませんでした。その六十四卦のひとつひとつに周の文公が解説を書いたことが実際の『易』の始まりとなります。孔子がその解説にさらに付け加えて解説したので、『易経』と呼ばれることとなったとされています。けれども実際には孔子の孫である子思(紀元前483年?-紀元前402年?)とそのグループが最終的にその内容を書いたと考えられています。時代は、戦国時代、紀元前450年頃のことです。

この言葉を現代の私が解釈すると以下のようになります。自身が生き生かされているこの自分の位置、自分の生命を明らかに体験する中から、初めて瑞々しく生まれ出てくる生命-知恵によって再発見された生命-に触れることができる。これこそが存在そのものに触れることのできる位置である、と。

この生命を生きている私が、この私の生命を用いて全力で相手を理解しようとする。このことが知恵による人間理解の基本となるわけです。

言葉を多く積み重ねて記憶し、パターン化し、それをその人間存在に当てはめることは「人間理解」ではない。そのようなパターン化された思考に執着することは、「人間理解」とはまったくかけ離れたものであり、ほんとうの「人間理解」を阻害することになりやすいものです。

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