一元流鍼灸術

一元流鍼灸術の解説◇東洋医学の蘊奥など◇HP:http://www.1gen.jp/

一元流の暝想には目的があります。

それは思い込みを排除して、新たな気持ちで切診を行うというこ
とです。

思い込みというのは、できるという思い込み、わかるという思い
込み、できないという思い込み、わからないという思い込み、す
べてを含みます。劣等感や傲慢さや怠惰の心のすべてを手放し
て今あるがままにある自分自身を受け入れ、等身大のレベルで
の切診をするために暝想するわけです。

暝想は12時15分から12時45分まで私の治療院で行います。

暝想を行う前にも録音が流れますが、ここにその内容について
の解説をしておきますので、繰り返し読んでイメージしておいて
ください。

暝想には鐘を用います。鐘の鳴るタイミングで意識の位置を変
化させていきます。

意識のある位置と方向を変化させます。


■1の鐘。

姿勢を正します。

背筋を伸ばして力を抜いて
臍下胆田に重心が自然にかかるよう、
姿勢を正します。

治療において身体のバランスを調えるということが
これにあたります。

前後、左右に背骨を揺らして、
中心を確かめます。
活元運動を軽く行って凝りを緩め、
感じ取れる歪みを正しても良いです。

けれどもやり過ぎないように。
今できる範囲内で行います。
そして、次の鐘で、止めます。
今できる範囲内のレベルで諦めるわけです。


■2の鐘。

意識を止めます。
身体にある矛盾、
偏りを調えるのは
これが限界だと今は諦め、
全身に向かっていた意識の動きを止めます。

そして、今、どこに意識が止まっているか確認します。

できるだけ明確に、意識の位置を捉えます。
意識の発生源を確かめるわけです。
今集中のある場所が意識の中心です。

多くの場合、それは目の後ろ
松果体の位置にあります。
ものごとをぐるぐると考える脳の中心でもあります。

次の鐘でその集中している意識が、
最も楽な位置である
臍下胆田に
落ちていくことを
赦します。


■3の鐘。

考えに集中している自分を手放し、
すべての疑問を手放して、
意識が最も楽な場所
臍下丹田に
帰ることを
赦します。

身体のこわばりも
思いのこわばりも
考えのこわばりも
全て手放して今、
存在する、
生命の、
家に帰ります。

その場所が臍下胆田です。

安らぎの家がここにあります。
安らぐ今がここにあります。

ここに意識を自然に安住させます。

恐怖や怒りや悲しみや不安を手放し、
今、この安全な生命の宿に帰ります。
この安らぎの家に意識を置いて感じます。

何が、そこにあるのか。
やわらかく素直な心で感じ取ってみましょう。

感じられるか感じられないかということではありません。

すでにその豊かな場所にいます。
すでにその場所を感じています。
何を感じているのか気づくことを、
自分に赦すのです。

私たちは日頃の癖なのか、
その安らぎの位置に
安住することを
必死になって
拒みます。

考えの中に逃げ、
思いの中に逃げ、
妄想まで作って、
苦しみ、
その中に逃げ込みます。

そのような自分自身をもまた赦しましょう。

そして意識は、
そのような妄想にとらわれず、
臍下丹田に置かれています。

少し心を弛めて、
少し心を開いて、
そのあるがままを受け入れます。

あるがままを受け入れる練習が暝想です。

30分ほどその練習をします。

臍下丹田を感じる練習です。


■4の鐘

臍下丹田にあり集中している意識が、
鐘の音の広がりに従って弛み、
広がるのを感じます。

意識が弛んで広がります。

徐々に、身体の感覚を取り戻していきます。
指を動かし、身体を揺らし、肩をほぐして、
静かに静座を解きましょう。

見るということ、
聞くということ、
触れるということ、
そのすべてにおいていつも私たちは初心者です。
初心の心と感受性とをもって勉強治療会に臨みましょう。

以下に、暝想の始めに流している音声ファイルのアドレスを掲載しておきます。
すぐに音声が流れますので注意してください。
http://1gen.jp/1GEN/%E6%9A%9D%E6%83%B3.MP3
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肝鬱気逆の状態が起こると上焦に気滞が生じます。
これは肺が華蓋として蓋をしているためです。

華蓋は「蓋」ですけれども、呼吸する蓋です。開闔が素直に行われている状態、閉じたり開いたりということがスムーズに行われている状態が正常な状態です。

ということは、上焦に気滞が起こるといことはそもそも肺の機能に問題があるということを意味していることになります。スムーズに動くべき生命がスムーズに動かなくなっている、開闔不利が起こっているわけです。これが肺気不宣の正体です。

原因が肝気の上逆にある場合、肝気を引き下ろすことが根本的な治療になります。そして多くの場合これは補腎、根を付けることによって上逆している肝気が帰する場所を設けるということが治療の方針となります。ここには肺気は正常に機能しているけれども、上逆した肝気によって負荷がかかりすぎたため機能不全を起こしているという考え方が背景にあります。このため、上逆している肝気がなければ正常に機能していた肺の力だけでは、上焦の気滞を解消できなくなっているわけです。

つまり、より充実した肺気をもっている人であれば、肝気が多少上逆したとしても、肺本来の宣散粛降機能が働きますので、上逆した肝気を納めることができるわけです。

これを補完するものとして、呼吸法があり、また頭に血が上ったら手足を動かして運動させるという簡単な体操もあります。手足を動かすことによって気滞をとると同時に、呼吸を激しくさせて肺気を活性化させ、その宣散粛降作用を強めることによって、上焦の気滞を解消し、肝気の上逆を引き下ろそうとしているわけです。

補肺という言葉の本体はこういう肺の生理的な機能を補うということを意味しています。ですから、補肺はそのまま理気宣肺につながり、上焦の気滞を払うことにつながるわけです。補は瀉なり、という言葉の肺における生理がこれになります。
皆様にはいかがお過ごしでしょうか。

脉診も腹診も舌診もそれぞれを独立で行うということは意外と
深みがあるものだということに気づかれたことと思います。

体表観察するということは、気一元の観点で眺め得る基礎的な
場を、指下に観(脉診)、掌下に観(腹診)、また眼で観(舌診)
るということです。

それぞれが別の部位であり、それぞれの特徴があります。

そのそれぞれの場に全身の状態が表現されていと考えたため、
そこが体表観察の診察地点となっています。これが敷衍されて、
脉診だけ腹診だけで全身の治療を行う流派もあるわけです。


けれども体表観察は、同じ「一人の人間」の状況を示しているも
のです。ということは、そこには共通して表現されているものが
あるはずです。

脉診という部位、腹診という部位、舌診という部位を単独に読み
解くだけではなく、これらを組み合わせ、つなげて理解していくこ
とができる理由がここにあります。


一元流ではこのことを理解するためにさらに、問診、時系列の
問診、経穴診などを通じて、それらを再構成して病因病理を考
え、患者さんの現状把握をしようとしています。

ただ一つの生命がそこにあり、その生命が表現している世界が
目の前にある。それをそのまま構造的に理解していくために四
診があり、それを表現していく方法が開発されています。それが
今メーリングリストで行われている弁証論治です。


さて、5月の読み合わせ、一つめは、前回からの続きで、第三章
 陰陽 の、第二節 気血からとなります。

実技は、背候診を行います。背候診には、座位で行い胸椎七番
までを見る上背部の背候診と、腹臥位で行う腰腹部の背候診と
があります。

経穴診は経脉という川の流れが起こしている表情を見るもので
す。背候診には、膀胱経という川の流れという側面と、裏から直
接的に現れている五臓六腑の生命状況を診るという両方の側
面があります。

腰背部の背部兪穴は経穴としては大きく、反応も原穴などと比
べると診やすく、経穴としての構造的な診方がしやすい部位で
す。

経穴とはどういうものなのかということを、心を新たにして観察
できるようにしましょう。

経穴にはさまざまな表情があります。
それについては「経穴を見つけるための経穴学」
http://www.1gen.jp/1GEN/1802/TUBO.HTM
を参考にしてください。

今回はこれの読み合わせもします。第2版以降のテキストの第
十章第三節に記載されています。

教科書を読んでいると、すべての経穴に反応が出ていて、それ
を選択して用い、症状をとると考えやすいです。けれども、実際
はそうではありません。病んでいるところは基本的には大きく、
健康なところは基本的にはその反応が小さく見えにくい場合が
多いものです。

勉強会では、大きく見つけやすい経穴反応を見逃さないように
するということを中心として行います。

大きな目立つ反応は、生命力の傾きの大きさを示しているもの
です。大きく傾いているために大きな反応が出ているわけです。
大きな反応を出してもその生命状況を維持できているという観
点から考えると、偏りが大きいなりにしっかりしている身体であ
るとも言えます。ここたいせつな所です。


注意していただきたいことは、圧痛では診ないということです。
腹診の際にも圧痛で診ることはしませんでした。経穴診におい
ても圧痛で診るということは基本的にはしません。

どうしてかというと、圧痛を感じるのは術者の側ではないからです。
圧痛に頼っていると、これから研究していく経穴構造の変化を
追うということがやりにくくなります。

また、経穴の形状や状態に応じて鍼灸などでどのように処理す
るかという、鍼灸師特有の「マニアックなお楽しみ」を、圧痛を追
っていると味わえなくなります。


また、軽軽く触れていくということによくよく注意してください。こ
とに指圧などをされている方は経穴探しに自信があるためか、
深く強くやりがちになります。いつもの仕事のときよりも指先を
繊細に柔らかく使うようにしてください。

経穴を探るには、脉診を行う時のように浅い位置から深い位置
へと診方を工夫しながら行います。この工夫が大切になります。
触れる深さによって、形状の変化、寒熱の変化などを感じ取る
ことができます。そして経穴の中心や経穴の底を診ることがで
きるようになります。

夏日になりそうですね。腰背部を出しやすい格好でいらっしゃっ
てください。


                  伴 尚志
【学ぶ】とは。自らの変革に向けて肚を括るということです。
  求道の初心を自己に問い、
  気づきに従ってそれまでの自分を手放していくということ
  自分の内的変化へのアプローチ。覚悟。
  胆田を練るという覚悟を決めることが大切です
  この段、朱子学における居敬の心を定めることになります
  学ぶの基本は完全なる自己の白紙化による完全な受容です

【見る】とは。与えられたものを受けとるだけではなく、
  感応に従って触手を伸ばしていくということです。
  感応が見る場所を決めるわけですが、
  その自覚によって見る行為が磨かれていきます。
  選択が頭で行なわれれば迷いが産まれますが、
  胆田で見ることによって、見ることが気づきになります。
   この段、朱子学における窮理の方法を具体化しているものです。
  見るの基本は白紙の自己に映っているものを自覚することです。

【処置する】とは。握ったものを基礎として他者に届けることです。
  積極的な自他の出会いはここに始まり、
  再度、気づきの循還に帰していきます。
  このようにして人と出会い、
  このようにして人と交わり、
  このようにして人生を作っていきます。
  処置するの基本はあるがままの交わりです。



臨床とはこの、学ぶ姿勢を基礎として見、見たものを基礎として処置し、処置した結果を受け取るためにまた学ぶ姿勢を保持したまま見るという運動のことをいうのだと考えています。

この行為全体の基礎は学ぶ心の姿勢にあります。学ぶ姿勢を保持したまま見る、という受容の作業を行うということが四診の基本です。

東洋医学における学問の基礎、臨床の基礎がここにあるわけです。

学校などでよく処置の工夫ということで鍼灸技術や施灸技術をお互いに行いますが、これは非常に乱暴なことであると思います。全身状態を見ずに経穴だけを見て、あるいは経穴すら見ずに処置しているためです。これでは、身体が変化するとはどういうことなのかという基本を把握することができません。把握することができないということは、理解することができないということです。


気づかれた方もおられるでしょうが、これらの基礎はただ見るという姿勢を養うところにあります。禅の止観を修するということが根底にあるわけです。

死生観とは、いかに生きるかを見つめることである。生とは何か?何を手放し、何を採るべきなのか?病める現代に生きる我々は、鍼灸師としてどのように生に向かい、死を捉えればよいのか?

日本国における死生観の変遷と、現状。死生観に深い影響を及ぼしたと思われる赤穂浪士、『養生訓』を始め様々な言葉を遺した貝原益軒、そして古代日本民族の心の有様に触れ、明らかにした本居宣長は、どのような生き様だったのか。彼らは何を基盤にして道を歩んでいったのか。それらを知ることで、現代に通じるもの、現代で失われつつあるもの、取り戻すべきものが浮き彫りになってくる。

我々は何を手放し、何を採るべきか、どこを見つめるべきなのか。文字の糟粕を乗り越えた先にあるもの、発声の源とは。禅を通じて得られるものとは。

生の現場をまっすぐに見つめていくなかからしか、死生の根本を見ることはできないのだ。


http://1gen.jp/1GEN/PDF03.HTM

道を求める、道を歩むということにおいて
生命のあるすべての人の前に道が開かれているということが大切なことでる。
真剣に生き、真剣に迷う時、人はすでに道の傍らに佇んでいる。
ただ「ここにある!」という時、人は大道の真ん中に生を得ている。
誰が語るから道があるというわけではないし、
誰が語った道だから正しいということでもない。
そのように判断し語られる以前にすでに道はそこにある。

お前はお前の道をどのように歩むのか、そこを明示せよ。


問題となる処は、正誤の判断を誰がするのかということだ。
いわゆる知性主義者は、これを文献や権威に求める。
しかし反知性主義者は、これを、己自身の本然の心に求める。

己自身の本然の心とは何か。
いかにしてそれが本然の心であると受容できるのか。
問うべきはここだ。


江戸初期には、四書五経を基本として学問が磨かれてきた。
だから当然その本然の心は、孔子や古代の聖人の心を心とした己自身の心が、
本然の心として認知された。
そしてその本然の心を自分のものにするために学問が奨励された。

これに対して江戸中期になると、本居宣長が出で、
日本民族の本然の心は万葉であり、古事記であるとして、
その開拓を試み、ここに国学の基礎が築かれることとなる。
本然の心が儒教的な道徳から解き放たれた瞬間である。
日本人の本然の心が柔らかな感性や情緒に位置づけられた瞬間である。


本然の心は本来人心に備わっている心である。
そうであれば、学問などをして求める以前に備わっている心であると考えるべきである。
人生をていねいに送る中で自分自身に問い、磨き上げられるものである。
あるいは、己の中にある佛を彫り出すように、自然に彫り出されていくものである。


中江藤樹の「一文不通にても上々の学者なり」とはこのことだ。

日本の精神史はこのようにして己を捉え直してきた。
己の心の有り様を、誠実に誠実に、深く掘り起こしてきたのだ。
だからこそ、黒船に耐え、明治時代の文化的侵略にも耐えられたのである。

般若心経を受了すると、般若心経が心の薬であったことがわかる。
受了とは、心底まで受けとりきるという意味である。

言葉の世界に住む者たちにとって、
般若心経は苦い薬であろう。
なぜならそれは言葉の虚構を一気に叩き崩すからだ。
その薬を心底、腹の底まで受けとりきらなければ、
まるで地獄の苦痛のような空しさにさいなまされるであろう。

「空」観が理解できないともがく文人のいかに多いことか。
ー切皆空の虚飾の世界に自分が立っている。
そのことことを知りたくなくて、心の目をふさぎ
虚飾の今にしがみつき、もがき苦しみ続けているのだ。

般若心経は断じてその虚飾を許しはしない。
その虚飾を断固としてはぎとり、裸にする。
されている方は、地獄に再度落とされていくカンダタのようなものだ。
蜘蛛の糸にすがりついてやっと救われるかと思ったのに、
救い主であると思っていた釈迦のまさにその手で
最後の希望が断ち切られるのだ。

般若心経は蜘蛛の糸を断ち切る鋭利な刃である。
その慈悲の刃をしっかり受け止め、
全身あます処なく死に切ること。
そこに般若心経の本願があり、
釈迦の慈悲の本体がある。

完全に全的に死にきることで
始めて我々はこの、
生命世界の真只中に生かされていることを
体感することができるのだ。
12月の勉強会は、質疑応答のあとお時間をいただいて、
一元流鍼灸術の全体像とこれからの目標についてお話ししまし
た。以下にファイルをアップしてありますので参考にしてください。

内容目次は以下の通りです765キロバイトあります。

■目標および前提
すべての疾病は気一元の身体で起こっている。
事実に即して古典を書き換える

■ー元流の原点
臍下胆田を中心とした気ー元の身体観を基本とする。
「場」を二五の観点からみる。
「場」には個性がある。それを器という。
陰陽五行は、その器の中を観る方法。
見える範囲で論を立てる

■ー元流の到達点
器の概念。括られた場を見ることの大事
気血一如、陰陽一体。課題は生命力とその偏在。
診察部位は、小さな気ー元の場。
行灯図+六六難図→肝木図
一体としての奇経ー経脈観
補瀉一体、虚実ー如。
症状治療→気一元の身体観に基づく養生治療。
症状の弁証論治→生命の弁証論治へ。
特効穴治療→穴性学→探索経穴から弁証を省みる
裏を建てる=脾腎の充実=根を付けることの大事。
永遠の未完。そこに初めて、真実を探究し続ける心が舎る。
死生観にもとづく養生とは何か―生の美学について

http://1gen.jp/1GEN/1GEN2016.pdf
ここには長方形の筒が描かれています。それが縦に三層に分かれています。三階だてて中が空洞の筒なのです。床も天井もありません。ただの筒。これは身体を表現しています。三焦という意味ですね。その底部には油を入れる小さな皿、その中に注がれている油、油に浸された灯芯灯芯の先に燃えている火が描かれています。これは先ほどの筒の一番下に置かれています。下焦の部分に置かれているわけです。下焦に置かれていますけれどもこの灯りは筒全体を照らしさらには外に溢れ部屋を照らす大元になっています。この皿が腎の器であり、油が腎精です。そしてこの燃えている火が命門の火とされているわけです。灯芯についてはとくに記載はありません。

この長方形の筒の上部には大きな帽子のような蓋がされています。この蓋には、華蓋という名前がつけられており、肺に該当するとされています。肺で上部を閉じておかないと、どんなに命門の火が強くてもその内部に蓄められることなく洩れていってしまうため、生命力が充実しないのです。

行灯の図はこのように腎と三焦と肺で構成されている全身像です。腎間の動気を命門の火と考えて構いません。生命力の根源である腎間の動気と、それを衛る外衛である肺がしっかりしていることによって、充満している三焦の生命力が充実し身体が温かくなっていくようすが一枚の絵で表現されているわけです。

この行灯の図は、「杉山流三部書」の中の医学節用集に出てくる、気一元の身体観を示しているものです。
『難経』の解説書である『難経鉄鑑』の六十六難は、このような図が掲示されています。行灯の図の経穴への展開と言えます。『鍼灸真髄』において大正の名人鍼灸師である沢田健しに絶賛された六十六難の図です。氏は、毎朝この六十六難に対面し、原気の流行および栄衛の往来を黙って座ってみていれば、身中の一太極を知ることができると述べています。さらには、万象の妙契〔伴注:森羅万象の秩序の背景に隠されている真理〕にまで思い至ることができるであろうとも。

この六十六難の図には何が描かれているのでしょうか。基本的には原穴の意味を表現している図です。原穴には十二ありますので、十二原とも題されています。上段にその十二原穴の名前が配されています。太淵・大陵・太衝・太白・太谿・兌骨(神門)・丘墟・衝陽・陽池・京骨・合谷・腕骨ですね。そして下段にはそれに対応する十二経絡の名前が書かれています。この両者の結びつきについて考察されているわけです。

十二原穴と十二経絡の間には、「原」という文字が一字真ん中に書かれていて、その言葉について解説されています。一つは三焦の尊号という言葉です。三焦を尊んで原という言葉を使っているというわけです。もう一つは三焦がめぐるところの兪という言葉が書かれています。三焦がめぐっている経穴、三焦の気が通っている経穴が原穴であると述べているわけです。原、これは三焦と関連し尊いものであり、原穴はその三焦の生命力の表現なのだと述べているわけです。

十二原穴と十二経絡との間に原という文字が書かれていてその解説がされていると述べました。実はこの図の下にはさらにもう一つ「原」という文字が真ん中に書かれています。この原にも解説が付されています。それは腎間の動気という言葉と、その解説としての、人の生命という言葉、それに十二経脉の根という三つの言葉です。つまり、一番下に書かれている原は、腎間の動気と呼ばれるもののことであり、これは人の生命の大元でありまた十二経脉の根であると述べられているわけです。先ほどの行灯の図を思い浮かべてください。同じことが書かれているということが理解できると思います。人の生命の大元は行灯の図の下焦部分に置かれている灯火であり、六十六難の図ではこれを腎間の動気と呼び原としているわけです。その原気が十二経脈を通じて表面に表れたものが原穴であるとしているわけです。行灯の表面に経穴という名前でその根元的な生命力が輝き出ている、そう書かれているわけです。

さて、この一番下の原と十二原穴を結んで線が描かれ、二つのことが書かれ解説されています。その一つは、三焦は原気の別使という言葉です。三焦は一番下の原すなわち腎間の動気の表現であるというわけです。行灯の図における灯りそのものが三焦であると考えているわけです。そしてもう一つは、三気を通行し五臓六腑を経歴すると書かれています。三気を通行しているということはもちろん三焦の気を通行しているという意味です。そして五臓六腑を経歴しているという言葉の意味は、五臓六腑を経歴して、十二原として表現されているという意味です。腎間の動気という生命力の根源とも言える最も深い位置にあるものが、三焦を通じ五臓六腑を経歴することを通じて十二原穴として表現されていると、そのように述べられているわけです。

六十六難の図はこのように、人身においてもっとも大切なものとして腎間の動気をあげ、その表現として十二原穴を捉えているわけです。行灯の図ではここに華蓋としての肺が描かれていましたが、ここではそれは省略されています。原という言葉の解説だからですね。

> ○読み合わせ
> 気の生成について教科書P.83を読んで勝手に
> 宗気+精=元気
> と解釈していましたが、伴先生に質問したら異なるようでした。
> そこで解説いただいたことを元に
> 下記、質問2に記述しましたので確認願います。
>
> ◇質問2:
> 営衛+呼吸から取り入れた天気=宗気
> 宗気→全身をめぐる気となる
> 全身の気の余剰→腎に蓄えられ精と合したもの=元気
> という解釈で合っていますでしょうか?
>
> 気の生成・運行・蔵精のメカニズムをすっきり理解できれば人
> 間理解・病因の理解にとても参考になると思いました。

営衛論の詳細は以下から始まる12ページほどにまとめられて
います。脳みそを鍛えたければ参考にしてください。
http://1gen.jp/1GEN/NAN/EIE01.HTM

こうやって勉強してきて気づかなければならないことは、「気」の
存在する「位置」によって名前が変化していることです。そして
その各々に名づけられた「気」について、さらにその特徴を考察
していきます。これが東洋医学の伝統的な考察法となっている
わけです。

一歩退いて眺めてみます。存在する位置によって名前をつけら
れた気は、各々異なるものなのでしょうか。同じものなのでしょ
うか。さまざまな個性があり違いがあるそれらの気を、「一気あ
るのみ」と断ずるところに一元流鍼灸術の特徴があります。

そして、その「一気」に地盤を置いて、そこから生命そのものを
新たに眺めなおしていくという姿勢をとり続けようとしています。
そのことを、「言葉を越えて存在そのものに肉薄していく」と表現
しているわけです。

「気の生成・運行・蔵精のメカニズム」は、解説を読んでみると、
それが順番に秩序だった時間経過をもって起こっているように
思えます。けれどもそれは誤解です。今まさに「同時に」この体内
で起こっていることです。

ここまでが前置きです。

| 営衛+呼吸から取り入れた天気=宗気
| 宗気→全身をめぐる気となる
| 全身の気の余剰→腎に蓄えられ精と合したもの=元気


飲食物が胃に入り、その精微が肺に昇ることによって呼吸を通じてとり入
れた体外の天気と合したものを宗気と名づけます。

宗気は肺の粛降作用を受けて、五臓六腑を栄養します。その後に生じた気
を静と動の観点から陰陽に分け、これを営衛と呼びます。

営は中焦から出て十二経を回って中焦に戻る気のことです。衛は、下焦から
出て全身を衛る気のことです。

全身の気の余剰が腎に精として蓄えられます。これが元気の基となります。
言葉を越えたリアリティを掴むというとき、そこには必ず幾ばくかの禅
の悟りが入り込みます。悟りというと遠くにある太陽か月のようですけ
れどもそれは違います。ただ、ありのままにlここにいてありのままに感
じ取ること。当たり前の今を、すべての妄念を取り払って感じ取ろうと
するということです。

これが実は脉診に必要になるということは、勉強をし脉診を継続された
方であれば容易に理解することができるでしょう。前提や思い込みがあ
ると、必ず診誤まります。実はこれは、脉診ばかりではありません。体
表観察すべての場面で必要になる姿勢です。


見ることができないうちに私たちは学校で言葉を学んでしまいます。そ
のため、見たものを言葉にあてはめようとしてしまいます。そうしない
と安心できない、それができると安心できる。そういう癖を、言葉に使
われている私たちはもってしまっています。

暝想は、その言葉を放擲して、リアリティーそのものに肉薄する練習で
す。仏教にも万巻の書物があります。それを一気に乗り越えて仏陀の悟
りにその裸一貫の魂で肉薄しようとするものが禅です。言葉を越えて悟
りの実態そのものへと参入していこうとするわけです。この姿勢を不立
文字と呼びます。

実は、体表観察をする上で必要な姿勢はこれです。東洋医学にも万巻の
書物があります。そのうち、脉診について専門に述べている書物もたく
さんあります。後進はその書物を読みこなし、脉診についてなんらかの
知識を得、さらに理解を得ようとします。

けれども言葉に従っていては実は脉診は理解できないものなのです。後
進は、文字に著されている脉状を、自分が診た脉状と比較しながら、診
たものにつけられている名前を探し出そうとします。さらにはその名前
で検索して、その脉状の意味を見つけ出そうとさえします。

けれどもそこには何の意味もありません。なぜなら、生命というものは
もっともっと大きな流れだからです。大いなる生命の流れの中に私たち
一人一人は存在しています。その一人一人の小さな生命の流れの中のご
く一部の表現として脉診はあるにすぎません。

生命の大いなる流れの中の、ごく一部。ほんのわずかな表現にすぎない
のです。そのため古来、脉に囚われるな、四診全体を見よというのです。
四診を通じて全体の生命の流れを把握し、その全体の生命状況に従って
現在の脉状の意味を考えていく。そのように発想の転換をしなければな
りません。

四診を通じて全体の生命の流れを把握し、その全体の流れに従って四診
それぞれに表現されていることの意味を考えていく。そのように発想の
転換をしなければならないのです。

診ることが先、診えたものをどのように呼ぶかということは、後の問題
です。その意味をどのように考えていくのかということは、さらにその
後の問題なのです。

私たちはそのことを理解するために暝想をします。言葉のすべてを手放
して、脉そのものを診れるように、体表観察そのものができるように、
全体の生命状況を捉えられるように、暝想をします。

そうやって実は、古典の文言に縛られた東洋医学を乗り越えようとして
いるわけです。

そうやって実は、体表観察に基づいた医学を、現代に蘇らせようとして
いるわけです。




伴 尚志
-元流鍼灸術の場では、疑問は宝です。疑問を提供していただくこと。その疑問を共有すること。ここから勉強会の成長が始まります。疑問が響き渡り共有されることによって、誰かから解が呈示されるかもしれません。その解、さまざまな人々や古典から呈示されたその解がまた響き渡り共有されることによって、共通の解が得られます。


ただ、解を得ることにあせりは禁物です。教条主義も禁物です。解を、上から押さえつけるように与えることも禁物です。せっかく提示された疑問なのですから、それを壊れやすい卵のように大切にしましょう。そして、その卵の隅々まで染みわたるような了解が共有されたときに、解が澄み通り、疑問が解決されたことが共有されます。

答えよりも疑問の方がはるかに貴重なものなのだということ。

これが学校の勉強と、実戦の場での学習の大きな違いなのです。
一元流鍼灸術とは何か。という質問をされたとき私は、うまく答えることができませんでした。私の中には沢山の解答が一度に沸いてきます。けれど も沢山沸く答えのうちの一つをとって言葉にしてみても、言い古されている言葉だったりごまかしのきく言葉だったりして、理解されることは難しいなと思って 言葉にできなくなるのです。理解されないまま、いわゆるカテゴリー分類されて、治まりのいい箱に整理され、忘れさられることが目に見えているためです。

人は、自分が見たいものを見、理解したいものを理解します。自分の理解している箱に既存のレッテルを貼ってきれいに整理するだけで。

言葉を超えた実存の中心に岐立しようとしている医学が存在することなど、想像することもできないのです。とはいっても言葉を用いて表現するしか方法はありませんので、あえて言葉にしてみます。

ひとことで言えば一元流鍼灸術は、気ー元の生命観に立って、東洋医学を新たに整理しなおしたものであると言えるでしょう。


幼児期に胆道閉塞を患って、肝硬変を引きおこし、病気がちのまま結婚した女性がいるという話を聞きました。その親は心配でー杯なのですが、彼女は子供を産みたがっているそうです。どうすればいいのでしょうか。

病という部分に着目するのであれば、親とともに心配し、できるだけ健康になってから子供を作るようにすればいいじゃないとか、子供は諦めた方がいいのではないからとか言うことになるでしょう。

け れども、生命力の側に立つのであれば、今現在その生命力にとって最も害となっているのは、その心配の気持ちなのです。心配のマイナスエネルギーが、生命力 の輝きを遮る役割をしてしまうわけです。肝硬変はすでに終わった問題、今は今持てる人生を活力を持ってよりよく生きるのみ。今、ただ生きること、子供を作 る望みを叶えることを応援することだと思います。

このような考え方が生命の側に立つ考え方です。伸びようとする生命の勢いを妨げない、生命を養い育て活き活きとした人生を応援しようとするわけです。


ー 元流鍼灸術はこのような、生命の側に立って発想する医学です。症状とりが目標なのではなく、今与えられている生をさらにより活き活きと生きられるよう応援 することを目標としているのです。生命力を活発にすることによってさまざまな障害を乗り越えやすくしていこうとするわけです。


東洋医学あるいは民間医学あるいは宗教的治療の中には、時には奇跡という表現しかとることのできないような治癒がもたらされることがあります。

それはただ、生命力がそれを起こしているのです。日々の養生を基礎として、より活性化された生命力を得ることを通じてそれが起こっているわけです。そしてこれが実は東洋医学の本来の眼目でもあります。

ー元流鍼灸術はそのような医学の再興を目標としています。その目標に向かって、東洋医学を中心として、人の生老病死のステージを前提としつつ、診断および治療の探究をし続けているのです。
勉強治療会は、年に一回、八月に行っています。
このファイルはその勉強治療会の一元流鍼灸術の中での位置づけを述べているものです。

一元流鍼灸術のメインコースでは、基礎理論を学びつつ自身の弁証論治をすることを通じて、一元流鍼灸術の基礎を学んでいきます。

ことに大切なことは、気一元の身体観に基づいた身体観を身につけるということです。ここにおいて私たちは古典を越え、言葉を越えて、身体そのものの神秘を学ぶ基礎を身につけようとしているわけです。

勉強治療会でやることはそれらの基礎に基づいて、さらに個別具体的に、経穴にアプローチし、どのように経穴などの四診状況が変化するのかを確認していきます。そして、なぜそのように変化したのか学ぶわけです。

こ のことを通じて、鍼灸という道具を通じて自分が何をしているのか探究していくわけです。実はこの探究は、日々の臨床の中で行われるべきことです。けれども 日々は日常に追われて惰性にまみれがちとなります。そこでもう一度初心に戻って、一穴一穴の処置およびそれに対する反応を探究する機会を設けているわけで す。

これはいわば、実戦の鍛錬とい うことになります。それを通じて、同じ経穴にアプローチしていても、自分がやって起こる反応と、他の人がやって起こる反応とが異なる場合があるということ を知ることができます。そのことを通じて、より精密な手技の探究というレベルまで話が深まっていくことでしょう。

メ インコースではよく、手技の中に補瀉はない、ということを述べています。経穴という相手、あるいはその経穴を保持している患者さんがそこにいるからこそ、 そこに相互の関係性が生じて、補瀉あるいは経穴の形状の変化をもたらす技法が生まれます。補瀉という言葉にしても虚実という言葉にしても、その実体をどう 見ていくのかという明確な理解がされないまま、伝統に依存して語られすぎているのではないでしょうか。東洋医学において使われているこのような言葉が、い かに漠然としたいい加減なものであるのかということが、勉強治療会を通じて理解できるでしょう。そして我々は、新しいほんとうに使える鍼灸技術を、一つ一 つ確認しながらこの勉強治療会で習得しようとしているのです。

も ともと鍼灸を基礎として構築されている東洋医学は、その初めから体表観察に基づいた養生治療であったということが言えます。養生を極めていくことを通じて さまざまな症状を取り除こうとしている医学である、という言い方もできます。けれどもそこには自ずと限界があるということも理解される必要があります。古 来死ななかった人間はいないわけですから、その前には必ずなんらかの病があるわけです。そしていかに養生をしようとも、誤治がそこにあろうとなかろうと、 最後には死んでいきます。

我々はその死にゆく身体に抗しつつ、今まだ生きている、その生命の質を向上させるために、養生の手助けとしての鍼灸を行っています。東洋医学が養生の手助けを確実にすることができるということこそ実は、われわれが誇り喜ぶべきことです。

ー元流鍼灸術はこのように東洋医学を未来に向けて洗い直しています。そして東洋医学はここにおいて新しい生命を得ることができるでしょう。

東洋医学が、長い歴史を通じて積み重ねてきた妄想から覚めるには、まだまだ時間がかかるでしょうが、そこから目覚めるための技法、探究方法を、勉強治療会を通じて構築していきたいと思っています。
朱子学も陽明学も、存在の本質とは何かということを探究しているもの
です。それを通じて正しく生きること、正しい社会認識を行い安定した
政治をすることさらには他者に対する礼儀はいかなるものかといったこ
とを、中国古典を通じて編み出そうとしてきたものです。

朱子学は宋代の革新的な思想であり、陽明学は朱子学の基盤のうえに咲
いた明代の思想です。双方ともに当時の求道的な思想の影響を受けてい
ます。

求道的というのは何を意味するのでしょうか。それは、物事の本質を極
めようとする姿勢のことを指しています。生活や自己保存を目標とする
のではなく、正しさとは何か、正しさは何によって担保されるかという
ことを極めることを、思考の基盤―人生の目標にしているわけです。

道を求める際、自己をまとめるために、静座を奨めていることも同じで
す。これは、禅の影響を強く受けているということを意味しています。
朱子は禅を全否定しますけれども、その思想の基盤には禅があるのです。
ようめいはそこまでは禅を否定しませんけれども、儒教一般として、
「禅に堕す」ことを忌避します。生命の学―実用の学では禅はないと考
えているためです。けれども自分の心をまとめ鎮めていくことを通じて、
あるがままの自己とは何かという問いに対する答えを、双方とも得てい
ます。

実はこの答えが、朱子学と陽明学とでは少し異なるわけです。

朱子学でなぜ理気二元論のような形になったかというと、物事の本質が
物そのものに備わっていると考えるためです。そこには、存在するもの
を作ったものが「天」であるという敬天思想があります。存在そのもの
にはすでに備わっている正しさがある。その正しい位置においてそのも
のを取り扱うことが、それの正しい取り扱いかたである、といった具合
です。

このため、朱子学では、存在するもの(気)の背景に本来的な性質(性)
があり、それを支えている理があるという論理構成となっています。こ
れが性即理という言葉の意味です。

これに対して陽明学ではさらに、ものの本質をとらえている「自分自身
は何か」といことへと問いが深化しています。そこまで問わなければも
のの本質をとらえることはできないのではないかという問題意識がそこ
にあるためです。

なぜかというと、物そのものの本質を見極めようとしているものは自分
である。自分の軸が定まっていなければ物事の本質などみえるわけがな
い。そういう発想がここにはあるわけです。

この背景には大きく深い自己否定があります。自分の本質を見極めなけ
れば物事の本質には至ることはできないだろう。しかし、その自分とは
そもそも何なのだろうか。きちんと物そのものを見ることができるのだ
ろうか。物を見ている自分の本質とは何なのだろう。ここを問い詰めて
いかなければならないためです。般若心経の眼耳鼻舌心意という自己の
知覚の全否定につながる思想がここにはあります。

そしてそのような大き深い壁―自己への絶望にぶち当たったはて、ひた
すら求道を光にすがって求めつづけていた底で、王陽明は大きな気づき
を得ることとなりました。これが「龍場の大悟」といわれるものです。

その内容は何かというと、「天地万物一体の理」と呼ばれるものです。
すべてのものは我が腹中において一体である。私こそがそれを見それら
を位置づけているものである。ここにおいて王陽明は自己を抜け出で、
一体の世界のなかに自己を譲り渡し、そこから言葉を発するようになっ
たわけです。

王陽明はもともと誠実な朱子学者であり、朱子の導きの手にしたがって
歩み続けることを通じて、「龍場の大悟」に至り、朱子学の二元論を乗
り越えて、万物一体の理のなかに住まうこととなりました。

自己の外に理はない、自分の内に理があるというその姿勢を担保するも
のは、絶えず自己点検をするということです。ものごとの正誤を認識し
決断するものは私でしかない、その責任を全うするためには自己の鍛錬
を怠ることはできない。そのため王陽明は積極的に人びとの中に入って
いき、自己の理解を拡充することを通じて自己を変革しようとしました。
自己の認識能力を厳しく鍛錬すること、そして決断は断固として行い責
任をとること。それが陽明学の正しさを担保するものであると考えたわ
けです。

その正しさとは、「今ここ」における正しさでしかないということはや
はり述べておく必要があるでしょう。状況が異なれば経験されることも
異なり、決断もそれにつれて異なってくるからです。

一元流鍼灸術はこの王陽明の思想に従います。

長くなりましたので、これ以降は各自考えを深めていってください。注
意すべきことは、万物一体の理、の外側には何もないということです。
「すべてがこの理の内側にあり、例外はない」ということです。

場を設定し、それを気一元のものとして把握していく一元流鍼灸術の身
体観の背景にある思想は、このようなものなのです。

なお、この文章は、以下の著書を参考にしています。
『朱子学と陽明学』小島毅著  ちくま学芸文庫
禅と陽明学との干渉については荒木見悟氏の諸著作


                                    伴  尚志

前回アップしたものに、石門心学の項目を加え、味岡三伯考を付し、解題と称して解説を加えました。
http://1gen.jp/1GEN/nihon-igaku.pdf
ここには、解題の部分を付しておきます。

解題

この文章は、いくつかの伏線で構成されています。

一つは、日本意識の目覚めの時代が江戸時代初期でありそれは、言葉を越えて存在そのものをみようとする意志によって推進されたということです。そしてこの意志は米国における基本思想である「反知性主義」と非常によく似ているということです。これが二つ目。この時代の成果として京都の味岡三伯医学塾が到達した地点として、気一元の身体観があります。そのことを明確に示しているものが『難経鉄鑑』です。『鍼灸真髄』で代田文誌によって描かれている大正時代の鍼灸師沢田健が称揚した『難経鉄鑑』はまさに日本の核をなす医学思想を表現していたものだったわけです。これが三つ目です。

一元流鍼灸術はこの「臍下丹田を中心とした気一元の身体観」にしたがって、生命の弁証論治を武器として、生命力の動きの側から人をとらえ養生治療を基本とした鍼灸治療を行なっていこうとしています。その基本思想―日本医学の到達点をわがものとするために、当時の学者達の志の持ち方を学ぼうということから、何人かに登場してもらい、その学問を進めていく意志の強さを学ぼうとしています。これが四つ目の伏線となります。

さらに言えば、この臍下丹田を中心とした気一元の身体観は、『難経』の作者のもっとも述べたかったことなのではないだろうかと考えています。すなわち「仏教の身体観で黄帝内経医学を解釈しなおしたかった」ということが、『難経』の作者の真の意図であろうということです。

言葉を越えて存在そのものにただ肉薄していく。その「生命力の盛衰の側から」疾病をとらえ、治療していく、そのような人間理解のできる鍼灸師になることを、一元流鍼灸術では目指しています。そしてその源流は江戸時代の初期、日本人が日本に目ざめた時にありました。


我々はこの目覚めの意志を学びます。それを通じて東洋医学は、普遍的な養生医学として甦っていくこととなるでしょう。



味岡三伯というのは、味岡の四傑を育てた人で三代続いた医学講習所の代表者の名前です。味岡の四傑というのは、小川朔庵・浅井周璞・井原道閲・岡本一抱の四人です。『鍼灸真髄』の中で沢田健によって絶賛されている『難経鉄鑑』を書いた広岡蘇仙はこの井原道閲から直接『難経』を教授されています。岡本一抱の『医学三蔵弁解』で描かれている三焦論が、六六難の図の原点であると考えることができます。

いわばそれまでの朱子学的な陰陽五行論を、陽明学的な気一元の生命観に基づいた陰陽五行論へと変容させた、中心グループであると私は考ています。


初代味岡三伯(1628~1661)は曲直瀬道三流の医学を饗庭東庵から学び、京都で開業し大いに繁栄していたということです。けれども33歳の時、妻の実家である筑前藩(太宰府を擁する地域で現在の福岡県西部)を訪れている時に突然客死してしまいました。その頃その妻は妊娠中で、三ヶ月後に出産しています。(『貝原益軒』井上忠著69p)この初代味岡三伯の子が貝原益軒の大量の著作を浄書するなどして支えていた竹田春庵(1661-1745)です。貝原益軒の大量の出版を縁の下で支えていたのが味岡三伯の実の息子であり、大量の医学諺解書などを出版した岡本一抱子の師が二代目味岡三伯であるということは、とても興味深いことです。双方ともに当時湧き起こった書籍出版の大波に乗った人であり、医師でした。


当時の筑前の三代目の藩主(黒田光之1628~1654~1707)の生母はまた、初代味岡三伯の従兄妹でもありました。この黒田光之は貝原益軒(1630~1714)を重用したことでも有名です。貝原益軒も始めて京都を訪れた時には初代味岡三伯の下を訪れています。奇縁と言わなければなりません。

初代味岡三伯の死後、どのような経緯か定かではありませんが、味岡三伯を襲名した二代目がいます。上にも述べまた味岡の四傑を育てたのはどうやらこの二代目です。京都には味岡三伯の師匠筋にあたる曲直瀬道三系列の啓廸院も医学講習所としてありましたから、それと張り合うような形で医学講習所を経営していたことになります。

この二代目味岡三伯は1726年に死去します。1732年に青森から京都に出てきた安藤昌益(1603~1762)は、三代目味岡三伯に師事しています。(安藤昌益資料館http://www.npo-cross.jp/shoeki/nenpyou-contents.htmlによる2016/03/24)

また本居宣長(1730~1801)は、味岡の四傑の小川朔庵の弟子堀元厚(1686~1754)の晩年、亡くなるまでの一年間だけその塾に入門していました。
熊沢蕃山:芸術大意遺編


ひょんなことから、熊沢蕃山の「芸術大意遺編」のことを知り、鍼灸という芸術を探究していくためにとても役に立つと思い、翻訳することにしました。ここでいう芸術とは、技術とその背景にある思想というほどの意味です。

江戸時代の士太夫である武士が修めるべき学問には、文武両道がありました。文の心の位置である徳は、仁です。武の心の位置である徳は、義です。徳というのは、心の根の質というほどの意味です。仁義の心を基本に持ち、諸々の芸術を修めなさい。そうすれば道のなんたるかも見えてくることでしょう。そう蕃山は語っています。

芸術というのは、道と呼ばれるまでに高め深められる、前の段階の技術のことを言います。蕃山は、弓馬書数礼楽詩歌という古代の芸術を通じて仁義の徳を修め、士大夫としての道を歩めと、この文章全体で人々を励ましてくれているわけです。


ー元流鍼灸術の裏テキストでは、本当に見るということはどういうことか、学ぶとは、施術とはと、心のあり方まで含めて詳細に解説されています。その心の位置、学術を深化させていく姿勢―バランスのとり方について、この書から学ぶことのできることがたくさんあります。


読み、学び、気付き、道を歩む、その第一歩をもう一度ていねいに踏み出していくきっかけになると嬉しく思います。

原文の段落の取り方は、原意とは異るように読めます。そこで段落を新たに作りなおし、大きな文章の括りを設けて、私が標題を付しました。目次として、冒頭に掲げておきます。熊沢蕃山先生の意がより明らかになっていると思います。異論があればご教示いただけるとありがたく思います。


■目次
芸術を学び道義を養う
神気を定め不動の念で学ぶ
剣術考
術の鍛錬
無物の理
無物の心は無敵
大道に学ぶ
自身の本体を知る
情欲を制す
おわりに
由来



以下のファイルです。別画面にPDFファイルで開かれます。

http://1gen.jp/1GEN/banzan-geijutu.pdf熊沢蕃山:芸術大意遺編

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