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一元流鍼灸術

一元流鍼灸術の解説◇東洋医学の蘊奥など◇HP:http://www.1gen.jp/


さて、全体観を見失わないで見る、生命力を見るということは、脉診以外の体表観察でももちろん大切になります。また、体表観察だけでなく、問診や時系列の問診においても、さらには病因病理を考えていく上でも、もっとも大切なこととなります。これら個別の項目についての詳細については、繁雑になり過ぎ、この文章の目的から逸れますので省略します。鍼灸師のための専門書である『一元流鍼灸術の門』(拙著、たにぐち書店刊)に詳細が記載されていますので、それを参考にしてください。また、実際にどのように行うのかということについては、月に一回、第二日曜日に東京の大森で勉強会をしていますので、そこに参加されることがもっとも手っ取り早いと思います。「一元流鍼灸術」で検索すると、勉強会の情報が出てきます。


上にも述べましたが、四診の情報は、患者さんによってその現れ方が異なるものです。本来的な生命力が弱い人と、それが剛強な人とでは、一見同じような脉状であっても、その評価はまったく異なるものです。

生命を見ているわけですから、これは当然のことであると言わなければなりません。四診の情報は、基本的な生命力の基盤の上に表現されているものなのです。ですから、その基本的な生命力を見極めることができていないと、それによって表現されている情報を評価することなどできるわけがありません。



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生命があって反応がある


さて、生命力の基盤があってはじめて、さまざまな反応が出ることができます。生命力の強弱や敏感さなどによって、その反応はさまざまに変化しています。ですから、基本的な生命力の状態を予測し、そこを踏まえないと、表現されている諸状態(反応や症状など四診を通じて見られるさまざまな表現)がどのような意味をもっているのか、評価することはできません。

言葉にするときに、このような前提を踏まえて解説してしまうと非常に繁雑となり、書きにくくなります。そのため、古典ではまるで一定の脉状というものが存在し、それに対応した病があるかのように書かれることになりました。そのような古典の文字面を信じた後代の人々は、それらの脉状に沿って症状や病が存在しているかのように誤まって理解し、記憶することになりました。それによってさらに多くの誤解や迷信が生じています。けれどもまたこの誤解を基礎としたまま、さらに多くの脉診に関する書物が書かれることともなってしまいました。

これらの迷妄を一掃する力を医師が持つのは、日本の江戸時代の、求道的な医師たちの誕生を待たなければなりませんでした。実際に見たものを見たものとし、見なかったものを見なかったものとする。事実そのものを断固として探究し、古典に対峙して探究する姿勢をもつことができるかどうか。そのことが問われてきたわけです。

このことは実は、現代の鍼灸師にも厳しく問われていることです。この書物で最初に掲げた「聖人を目指す志」をもてるかどうか、ということが問われています。この初心の一点こそが、東洋医学探究の基礎となるものだからです。

「聖人をめざす志」をもった求道的臨床家とは、自身の臨床を問い続け磨き続ける能力のある臨床家のことです。自信満々で人々を指導する臨床家のことではありません。厳しい自己批判に耐え、次は一歩でも確かな臨床をしようと、決意している臨床家のことです。

自己の慢心を捨て、自己の劣等感を捨て、ただあるがままにある自己を受容しなお、その内側に求道の炎を燃やす。そのような臨床家のみがこの、言葉を越えた臨床を切り開き、新たな東洋医学の道を開いていくことができるのです。
弁証論治の土台づくり



この章では、人を構造的に見る方法である弁証論治を支える基盤である、情報の集め方とその評価方法について述べていきます。

四診をするということがいかに繊細な行為であるかということ。その繊細さを基礎として東洋医学は成り立っています。

言葉にし得ないものがあえて言葉として表現されて古典として構築されました。その言葉を表面的にしか読めなかった後代の人々は、備忘録のようにそれらの言葉を積み重ねてしまい、「本に読まれ」、言葉に踊らされて、誤解が誤解を生む状況も生み出してしまいました。東洋医学はこのような、勘違いも含めた重層的な言葉を基礎として成立している医学なのです。

それらの言葉が構築される以前の基盤について、これから解説していきます。言葉以前に存在している生命を、どのように見、まとめていくのかということは、これから生命の医学を構築していく上で重要な基礎となるものです。

東洋医学における治療は、そのようにして把握された生命に対して行われるものです。
気一元の観点から観る


四診を取る時も、五臓の弁別を作る時も、病因病理を作る時も、日々の治療をする時にも、その底にいつも必要なものは、勘をよく働かせるということです。

それでは、きちんとした勘というのはどこから起こるのでしょうか。

それは、「一」を意識するところから起こります。「一」というのは一部ではなく、全体まるごと一つのことです。全体とは何か、まるごと一つとは何かということを、実はここで考える必要があります。

よく考えてみてください。

その時その時、毎瞬々々の「不完全さの中に、全体まるごと一つがある」というのが人間の姿です。

いつも不完全なのですが、その時その時には、その時表現している以外の姿を取りようがありません。病があっても不調があっても、その時その瞬間は、そのままで完全です。そういうまるごと一つを見るわけです。そういうまるごと一つの変化していく姿が時系列であらわれます。それを見るわけです。時々刻々と変化する胃の気、時々刻々と変化する生命力を見ようとすること。これを勘働きと呼ぶわけです。

時々刻々と変化する胃の気―生命力を感取することを「全体観」と呼びます。この全体観を離れて、文字にとらわれると、勘は死にます。全体観を離れて、経穴や脉にレッテル貼りを始めると、勘は死にます。

胃の気を見るということは、この全体の生命状況を見るということです。ですから、「胃の気」とレッテルを貼られた静的な状態が存在しているわけではありません。時々刻々変化する動きとしての胃の気の状態を、しっかり把握することが大切なのです。胃の気を眺めていく方から、今出ている現象を考えていく。このことがとても大切なことなのです。

胃の気の方から考えるということは、生命の方から考えるということです。生命力の有様を考えてその変化の中から今の状況を判断していくということです。このことが大切なわけです。

今の状況にレッテルを貼って辞書でひくことと、今の状況を気一元の観点から観る、すなわち生命力の側から眺めていく決意をするということの違い。繰り返しになりますが、このことこそが、よく理解されなければならないことです。
そのような脉診を少なくとも治療前と治療後にやり続けてきて徐々に理解してきたことは、実はそれよりも大きな脉の診方があるということでした。それは脉を見ることを通じて、「生命力の変化を見ている」のだということです。脉診を通じてみる生命力の変化は一瞬にして大々的に変わることもありますし、微妙な変化しかしないこともあります。それは患者さんの体質や体調により、また、治療の適否によります。細かく見ているだけでは表現しようのない大きな生命力の動きが、ダイナミックな変化として脉に現れることがあります。このことをおそらく古人も気がついていて、これを胃の気の脉と呼んだのだろうと思います。

胃の気の大きな変化こそ、脉診において中心として把握すべきものです。これは生命力の大きなうねりなのですから。

この胃の気の変化は、生命力全体という大きな視点から診た変化です。ですから、何という名前の脉状が胃の気が通っている脉状であると表現することはできません。より良い変化が起こっているか、より悪い変化が起こっているか、しか実はないわけです。

良い脉状にはしかし目標はあります。それは、いわゆる12歳頃の健康な少年の脉状です。楊柳のようにしなやかで、拘わり滞留することがなく、輪郭が明瞭でつややかな脉状。寸関尺の浮位においても沈位においても脉力の差がなく、ざらつきもなく華美でもないしなやかで柔らかな生命の脉状。これが胃の気のもっとも充実している脉の状態です。

胃の気が少し弱るとさまざまな表情がまた出てきます。千変万化するわけです。脉位による差も出てくるでしょうし、脉圧による差も出てくるでしょう。脉状にもさまざまな違いが出てきて統一感がなくなります。輪郭も甘くなったり堅く弦を帯びたり反対に何とも言えない粘ったような柔らかい脉状を呈するようになるかもしれません。

このことが何を意味しているのかということを、歴代の脉書は伝えていますけれども、そこに大きな意味はありません。ましてそれぞれの脉状に対して症状や証をあてるなど意味のないことです。そんなことよりもよりよい脉状に持って行くにはどうすればよいのか、という観点から治療方針を定めていくことの方が、はるかに重要です。

このようにして、陰陽五行によるカテゴリー分けにすぎなかった脉状診から、生命そのものを見る胃の気の脉診法が生まれました。そしてこの胃の気の脉を見るということへの気づきが、それまでの陰陽五行論を大きく発展させました。それが、気一元の場を、陰陽という観点 五行という観点から眺める、という一元流鍼灸術独自の陰陽五行論となっていきました。


書物を読んで勉強していると生命力が「ある位置」で固まっているような感じがします。そのため、ある脉状を掴まえてその名前を決め、それに関連する症状と治し方を決めていこうとしたりするわけです。これはまるで、滔々と流れる川の流れの中の小さな渦に名前をつけて、その渦の位置と深さと強さとによって川の流れを調整する鍼の立て方を決めようとしているようなものです。よく考えてみてください。これはあまりにも現実離れしているとは思いませんか?

生きて動いている生命を眺めるということ―すなわち胃の気を眺めるということは、カテゴリー分けするための道具の位置にすぎなかった陰陽五行論の使い方を一段高い位置に脱せしめ、生命の動きを見るための道具へと深化させていくためのキーとなる概念です。

そのためこれを「気一元の観点から観る」と表現して、一元流鍼灸術では大切にしています。
陰陽五行で脉を診る


気一元の観点で捉えることの初期に行われていた思考訓練は、陰陽で人を見る、五行で人を見るということでした。陰陽で人を見る、五行で人を見るということから学んできたことは、バランスよく観るということです。バランスが崩れるということは陰あるいは陽が、また五行の内の一つあるいはいくつかが偏って強くなりあるいは弱くなったことによって起こります。バランスが崩れるということが病むということであり、バランスを回復させることが治すということです。

自身の観方に偏りがないかどうか、それを点検するために陰陽五行を用いて「観る」ことを点検していたわけです。

脉を診ることを用いて、このことについて解説してみましょう。

脉というものはぼ~っと見ているとはっきり見えないものです。見るともなしに見ているだけでは見えてこないものなのです。何かの目標を持つことによって、見たいものが見えてきます。それがたとえば六部定位の脉診です。

六部定位の脉診とは、橈骨動脈の脉の診処を、寸口・関上・尺中の脉位によってその浮位と沈位との強弱を比較してもっとも弱い部位を定め、それを治療に応用していくものです。

一元流の脉診であれば、六部定位の浮位と沈位とを大きくざっと見て、その中でもっとも困っていそうな脉位を定めてそれを治療目標とします。

この大きくざっと見ることが実は大切です。脉そのものをしっかりと診ることもできていないのに、脉状を云々する人がたくさんいるわけですけれども、そんなものはナンセンスです。先ず診ること。そこに言葉にする以前のすべてがあります。

見えているものをなんとか言葉にしていこうとうんうん呻吟した末に出てくるものが、脉状の名前でなければなりません。言葉で表現したいと思う前にその実態をつかんでいなければいけないのです。このようにいうと当たり前のことですけれども、それができていないのが現状ですので、何度も述べています。

見て、そしてこれを陰陽の観点から五行の観点から言葉にして表現していきます。これを位置としての左関上の沈位が脉状としての弦緊であり、位置としての右の尺中が脉状としては浮にして弾である、などという「表現」となって漏れてくるわけです。これが陰陽の観点から五行の観点から見るということです。あらかじめ定められた脉状が、あらかじめ定められた脉位にあるわけではないのです。

何も決まりのない気一元の生命という混沌、それが寸口の脉状です。その混沌を指尖で感じとりながら、診る位置を定め、その位置の脉状を感じとる、これが実践において、陰陽五行を用いるということです。

寸口や尺中という位置が定められ表現されているのは、五行の観点から見ているものです。濡弱とか弦緊とか表現されているのは、堅いのか柔らかいのかという陰陽の観点からその脉状を見ているものです。

ある脉位の脉状が目立つということは、その部位が他の部位と違っているためです。胃の気がしっかり通っている脉状の場合には脉位による違いは診えにくくなるものです。
寸口の脉診


突然宇宙の話を持ち出したので驚かれたかもしれません。けれどもこのことは我々地上に生きる生命体のゆるぎない事実です。ここを踏まえなおかつ今、臨床に向かうということが、責任ある姿勢だと私は思っています。

このように課題としている話のレベルの違いによって、それぞれの世界の次元での真実がある、ということも理解されなければなりません。

前段では、大宇宙の話から人間の話へとその視点を変化させてきましたが、これからするお話は、人間の中にある小宇宙の話です。その中でも今回は、脉を見るということについてお話します。

脉を見るとここで言うとき、紀元100年ころの著作物である『難経』で提唱された寸口の脉診のことを意味しています。臍下丹田を中心とした気一元の生命が人間の姿です。その気一元の生命が集約して現れている場所が診断点―診処(みどころ)と呼ばれている場所です。寸口の脉診はそのような診処のうちの一つです。ちなみに診断点とされているものは他に、顔面、腹、手掌、足底、耳、舌、目などがあり、それぞれその部位に特徴的な現れ方があります。


脉診は実際には、橈骨動脈の肺経上の橈骨茎状突起の頂点にある経穴「経渠」の一点を関上とし、そこから「列缺」方向一寸を尺中、反対に腕関節横紋上の「太淵」方向九分を寸口としてその部位の浮位から沈位までの脉を見ます。詳細な脉の見方はこの文章の目的ではないので省略します。橈骨の手掌面の動脈の位置や搏動の仕方に全身の状態の縮図を見ようとしているということだけ、おさえておいてください。

診処とはその部位を、気一元の生命として見ているということを意味しています。だからこそ、全身の生命の縮図として診ていくことができるわけです。

さて、生命をどのように捉えるのか、という視点の置き方で見ることのできる脉は変化します。
脉状が浮いているか沈んでいるかに着目しているとそれが見えてきます。
浮沈の脉力の差に着目しているとそれが見えてきます。
左右の脉力の差を見ているとそれが見えてきます。
全体の脉状に着目しているとそれが見えてきます。
六部定位の位置を定めてその脉力の差に着目しているとそれが見えてきます。
六部定位の位置を定めてその脉状の差に着目してるとそれが見えてきます。
六部定位の位置を定めてその脉状の堅さに着目しているとそれが見えてきます。

寸口の脉診とひとことでいいますけれども、このように着目する視点の置き方で見え方がだいぶ変化するものなのです。人は見たいものを見、評価したいものを評価します。さまざまな見方がある中で、それぞれの術者がその得意とする心の位置で脉を診ているわけです。

どのような視点を術者が持っているにせよ、今見えているその脉に、その人の全身状態がどのように表現されているのだろうか、という探求心を持って見ていくことが大切です。そのことによって始めて見え方が広がり、同じ脉を診ていても新しい発見を得ることができるのですから。
私のパソコンの壁紙には少し前まで銀河系群が貼ってありました。そして、それが地球に変化し、今は馬込のお寺に鎮座しているお地蔵さんになっています。

宇宙。限りなく美しく悽壮な宇宙。それを観るとき、私の心は時空を超え、生命原理を超えて飛翔していきます。人の意識は、日常のすべての問題を飛び越えてこのような宇宙の生成にまで伸びていくことができます。

そして宇宙船から見た地球の映像は、それはそれは美しく、生命の溢れかえるこの惑星を見せてくれます。なにものにも換えがたいこの地球。その美しい星の上に、無数の生命が繁茂し、その生命を与えあい、死と誕生とを繰り返してきました。何億年もくり返されてきたこの生命活動の、なんという美しさでしょう。なんという激しさでしょう。なんという残酷さでしょう。そしてなんという喜びでしょうか。生命がここにあることの奇跡!これはまさになにものにも換えがたいものです。まさに神がこれを望んだのであるとしか言いようのない奇跡が今この地球上に現れているのです。

大宇宙の中に銀河系群があり、銀河系群の中に、この太陽系を宿した銀河系があり、その中に指先で押しつぶされそうな太陽系が育まれ、太陽を周る軌道上の闇の中にぽっかりと浮かんでいる芥子粒のような地球がある。そこに宿されている生命!これこそが無限の時間を経てようやく誕生した奇跡と呼んでもいい生命です。生命の奇跡、神秘が今ここにあるわけです。

その地球上で生命を分かち合いながら動物と植物とが何億年も葛藤してきました。せめぎあう生命、それは別の角度からいえば、生命を与え合う関係でもありました。自らのもっとも喜びとするもの、喜びの源泉である生命を分かち、与えることによって今、生を続けている生命があります。今ここに生かされてあるその生命の奇跡を、私はなんと表現すればよいでしょう!この生命の中には、数多くの分かち与えられた生命が宿り、一つになって生命活動を行っています。今、ここに生きている私は、まさにその無限の時間と無限の生命によって与えられた一つの生命としての統一体です。

この統一体こそが、気一元の生命と呼ばれるものです。

鍼灸師は、その一つの生命に対して、さらにその生命の中のツボの一点に向かって処置を施していきます。一点を探るわけですから、観方は非常に繊細かつ詳細になります。鍼灸師の勉強会で望まれることの多くが、この症状を取るにはどこに処置すればいいのか、経穴名を教えてほしいという質問であるということも、むべなるかなと言わなければなりません。

しかし、病むということ、症状を呈するということはどのようなことなのでしょうか。この生命の奇跡の中に生き生かされている一人の人が癒されるということはどのようなことなのでしょうか。本来、そこをこそ問うべきなのではないでしょうか。


それはともかく、ここまでの話の中で、視座の変化が見て取れたのではないかと思います。大宇宙から人という微小宇宙まで、何段階にも別れています。何を観ようとしているのかという観点(視座と観る対象の設定)、がいかに大切であるということは、ここからすぐに理解できることと思います。

大宇宙を思うとき、人の生死などというものは顧慮することもできないほどとても小さなものです。いわんや病気など、生きているという厳然たるこの事実に比較すれば、埃のようなものです。

医療というものはこの埃を掃う技術のことをいいます。そして、少なくとも一元流鍼灸術は、生命の側に立って、生命力を活性化させることによってこの埃を自らの生命力で掃えるようになるように患者さんを導くことを目指しています。
.懸賞論文募集要項


目的:東洋医学を、四診に基づく養生医学として構築しなおすための理論を蓄積することを目的とします。

方法:先人の理論を乗り越えあるいは破砕し、よりリアリティーをもったものとして奪還すること。新たに構築したものでも構いません。

第一期 期限:2020年10月10日

■参加方法■

■一元流鍼灸術ゼミナールの会員は一論文につき五千円を添えて提出してください。

■一般の方は一論文につき一万円を添えて提出してください。

■文体は自由ですが、現代日本語に限ります。

■TXTファイルかPDFファイルで提出してください。

■選者は、疑問を明確にし文章を整理するためのアドバイスをします。

■未完成なものでも構いません。何回かにわたって完成させるつもりで、
   出していただければ、その完成へ向けて伴走をさせていただきます。


懸賞金

■特別賞:十万円

■優秀賞:一万円

■奨励賞:五千円

選者:伴 尚志

送付先:ban1gen@gmail.com

受賞論文は、一元流のホームページに掲載します。

各賞の受賞本数は定めません。


【参考論文】

参考論文として私の発表しているものを提示しておきます。この参考論文は、私の興味の及んだ範囲ですので、狭いと思います。世界がもっと拡がると嬉しいです。

自分の井戸を掘る、ただし独断ではなく他の人々が理解できるように。ということを目標にしていただけると幸甚です。


論文【肝木の身体観】

 一元流鍼灸術の身体観



論文【一元流鍼灸術とは何か】

 一元流鍼灸術の道統



論文【奇経一絡脉論とその展望】

 奇経を絡脉の一つとした人間構造



論文【『難経』は仏教の身体観を包含していた】

 『難経』に描かれている身体観



論文【日本型東洋医学の原点】
 江戸時代初期の医学について



論文【本居宣長の死生観】

 死生観について



論文【疾病分類から生命の弁証論治へ】

 養生医学の提言



論文【鍼灸医学のエビデンス】

 エビデンスを磨く上での課題と目標





..始まりの時


始まりの時


東洋医学は、先秦時代に誕生し、漢代にまとめられ、人間学、養生医学として現代に伝えられています。天地を一つの器とし、人身を一小天地と考えた天人相応の概念を基礎とし、それをよりよく理解するために陰陽五行の方法を古人は生み出しました。臓腑経絡学は、あるがままの生命である「一」天人相応の「一」を実戦的に表現した、核となる身体観となっています。

天地を「一」とし、人を小さな天地である「一」とするという発想が正しいか否かということは検証されるべきところです。けれどもこれは東洋思想の基盤である「体験」から出ているということを、押さえておいてください。

この「一」の発想は、古くは天文学とそれにともなう占筮からでています。また、多くの仏教者はこのことを「さとり」として体験しています。そして多くの儒学者の中でも突出した実践家である王陽明は明確に、「万物一体の仁」という言葉で、この「一」を表現しています。

ですので、この「一」の視点は、思想というものを支える核となる体験を表現しているものです。これは、ひとり支那大陸において思想の底流となったばかりではなく、日本においても神道―仏教(禅)―儒学(古義学)を貫く視座となっています。


視座とは、ものごとを理解し体験するための基本的な視点の位置のことです。東洋思想の真偽を見極めるためにはこの「視座」を得る必要があります。それは、真実を求めつづける求道の精神を持ち続けることによって得るしかありません。このように表現すると何か古くさい感じがしますが、実はこれこそ、科学的な真理を求める心の姿勢そのものです。

この心の位置を始めにおいて、我々はまた歩き始めます。東西の思想や医学を洗い直し、新たな一歩をすすめようとしているわけです。

医学や思想の基盤を問うこと、ここにこの勉強会の本質は存在します。

体験しそれを表現する。その体験の方法として現状では体表観察に基づいた弁証論治を用い、臨床経験を積み重ねています。それを通じて浮かび上がってくるものが、これからの臨床を支える基盤となります。いわば今この臨床こそが医学の始まりの時です。

我々の臨床は自身のうちに蓄積された東西両思想、東西両医学の果てにあるものですが、その場こそがまさに思想と医学が再始動する場所なのです。

臨床において我々は、何を基礎とし、何を目標とし、何を実践しているのでしょうか。この問いは、古典をまとめた古人も問い続けた、始まりの位置です。この始まりの問いに対し、再度、向き合っていきましょう。
肝鬱二態


肝を張って現代というスピードの速い時代に対応できるように生きているということが人々の常態となっているということは、上記しました。常時肝鬱状態であるとも言えるわけです。

この肝鬱には、大きく二つのタイプがあります。外に向けるタイプと、内に向けるタイプです。

外に向けるタイプの人は、わかりやすいです。いつもイライラしているし、触れると怒りがこぼれ落ちそうです。肝鬱の状態を自分ではコントロールすることができなくなっているわけです。そして気がつかないうちに他者を傷つけてしまいます。ほんとうは頑張っているだけなのに、なぜか他者に避けられてしまうことになります。常時発散できればまだいいのですが、内に溜め込んで時に発散するということになると、暴発力が強くなります。これを、キレるなどと表現します。

内に向ける人はこれに対して優しい人に見えます。周辺に気を配るということも、その人の人生の中に入っているためです。けれどもそこに無理が生じているため、肝鬱が自分自身を攻撃して、不眠や食欲不振、原因不明の動悸などが生じます。肝鬱は自身の生命力の停滞を招く大きな要因となり、普段の生命活動をかえって阻害してしまうことになりかねないのです。

出方は違いますけれども双方ともに、体力に比して、頑張りすぎて疲れ果ててしまっているわけです。この悪循環がさらに進むと、発散できないばかりか、疲れ果てて動けなくなります。心身ともに、もう動けないから休んでくださいという身体からの信号が出ているわけです。これが鬱病の初期状態ということになります。
肝の化粧


誤解してはいけないことは、肝鬱になるにはその理由があるということです。多くの場合、生命力の弱さがその背景にあるということは、上記しました。それをカバーしていくために人は、肝気を張って頑張るという状況を作り出します。

元気に活動している間は顔色がよくそれこそ元気そうに見える人でも、横になって気がゆるむと突然顔色が抜けてしまう人がいます。本来は疲労しているのにそれを表面化させないため気を張って元気そうにしているわけです。このことを肝の化粧と呼んでいます。

そのような人は、舌象や脉状も最初のうちはよく見えたりするものですが、治療がしっかり入ると悪くなります。本来の生命力の状態が現れてくるわけです。けれどもご本人はそれですっきりした感じになります。無理がとれているからです。

疲れている自分を奮い立たせるために肝気を張っている。肝気を張っているためによけい疲れやすくなる。その悪循環が身体を深く深く痛めつけていたわけです。治療によってその悪循環がとれて、本来の弱い生命状況を表現するゆとりが出てきたわけです。

本来の生命力は徐々にしか変化しません。それに対して急激な変化が外界からもたらされることはよくあります。この外界のスピードに対応して、人の活動量を変化させているものが肝です。

けれども、本来の生命力の状況に対応して肝をコントロールしていかなければなりません。力を抜くことを知らずに頑張り続けることは、とても危険なことです。上記したような、疲れ果てているのに自分では気がつくことができない、という悪循環に入ってしまうためです。

この頑張りすぎが、大病のもとになります。
肝鬱は邪気か


肝は将軍の官であり、謀慮が出るところと、古典ではいわれています。そして、剛臓、強い臓器であるとも。

肝はその強い力で気の昇降出入を主り、生命力を調整していきます。けれどもその力が過ぎると、さまざまな病の本になってきます。そのことを中医学では四文字熟語にしてあらわしています。水不涵木・肝気犯胃・肝木乗土・肝気犯肺・肝火上炎などがそれです。

生命力の弱いところをみつけるとそれを補完するために生命力の応援部隊を送り込み、化粧をつけていくことが肝の役割です。けれどもそれが往々にしてやりすぎになることがあるわけです。これは、肝の根である腎や脾の弱さ、不安定さに帰因するものであることが多いです。

そこを表面的に見て、肝を邪気として捉える診方が古来からあり、現代中医学にも受け継がれています。

けれども、肝木が枝葉根幹ともに充実していると、いわゆる肝気の暴虐は起こりにくいということはもっとよく理解されるべきでしょう。

上にも述べましたけれども、現代人において肝木が充実しているということは生活をしていく上で必要条件となっています。肝木が安定して充実していることによって、心肺脾腎の交流が守られ、心肺脾腎の充実によって、肝木としての身体の根幹もまたしっかりと充実した姿をあらわしていくわけです。

この社会からの保護者としての肝木の意義と、さらにより大きな一本の木としての人体の有様をここに見て取ることができなければなりません。


東洋医学をかじったことがある人の中には、肝気というと肝鬱の大本であり邪気の一種であると述べる人がいます。そのような人は、この肝木が充実するという言葉でいったい何を表現しようとしているのか疑問に思うことでしょう。

けれども一元流鍼灸術では肝木を「邪気の一つであり刈り取るべきものである」とは考えてはいません。それどころか、肝木を充実させてしっかり立たせることこそがその患者さんの人生を応援することであり、治療の目標とすべきことであると考えています。

そのような充実した肝木のイメージとはどのようなものなのでしょうか。

それは、広々とした丘の上にすっきりと立って枝葉を茂らせている一本の広葉樹のイメージです。充実した大地が脾であり、大地を潤す水が腎、輝く太陽が心であり、広々と広がる空が肺です。気負うこともなく卑下することもなく、ただ己の位置に気持ちよくあることを喜んでいる姿。これこそが、充実した肝木のイメージです。


人生の目標を深く潜在意識の場にまで浸透させて立ち上げるものが腎であり、その目標を達成するための戦略を練るところが肝です。この肝を充実させることこそが、人生を充実させることにつながると考えているわけです。

病因病理を考えて弁証論治をしていくと、慢性病においては多くの場合脾虚・腎虚・肝欝という状態から悪循環を繰り返していることが見て取れます。これは現代人の型となっています。

後天の生命力である脾と、先天の生命力である腎という器が時代のスピードに追いつけず、急な変化をすることができないまま、肝気を張って頑張っている状態となっています。

そのような状況に対応しようと、肝気を張って頑張り過ぎたため、脾腎の器が損傷されている状態もまた逆に示しているとも言えます。

現代という、スピードの速いストレスの多い時代についていくには肝気を張ってがんばるしかない。古来からあまり大きな変化をしていない生命力の中心である脾腎の器は、それを支えるだけの力がなく疲れきっている。

不健康の悪循環を生み出す社会システムがここにあると言えます。



このような働きをする肝には、枝葉という陽的な側面と、根という陰的な側面があると古来より考えられています。枝葉は全身の生命力を調整して、実際の活動を行わせる部分です。無理にどこかに生命力を集め行為させています。このことを上文では、生命力を再配置していると表現しました。無理に頑張るその枝葉を支えているものが根です。根は脾腎からその原資を得ています。


丹田は腎の中心に相当します。肝木の身体観の中で見ていくとき、丹田は肝木の根を支える中心という位置づけとなります。肝木の行動を支えるために動かすことのできる「現金」が脾で日々作られるエネルギーです。日々の生命活動の余剰ーゆとりを蓄積して、危機の際に吐き出せるよう余裕をもたせている「資産亅が、丹田に蓄えられた腎の生命力であるということになります。

上記したように生命力の弱い人は、この「資産」を日々使って生きている状態です。蓄めるべきものを使って人々と同じような顏をして生きているわけです。そのため、資産が潰えてしまうと、とたんに回復できない疲労に襲われることとなります。そのような事態にならないために、日々節制して養生し、腎を養うことにつとめる必要があります。本来であれば生活の範囲を狭めなければならないわけです。そうやって、生命力の本人にとっての浪費を避け、資産である腎を充実させる必要があるわけです。

肝木は、先天の生命力である腎に基礎をおいて、後天の生命力である脾の肉づけを受けることによって日々充実し続けていくものです。肝木の身体観はそのような気一元の生命の全体像を描いているものです。

肝は人の生きる意志でもあり、意識や感情や欲望とつながりがあります。意識でコントロールできる臓です。また肝は気の昇降出入を主ることから、他の四臟や経絡などの生命力が不安定になるとそれを側面から支えるように働きます。

このことは、生命力の乏しい人には、特に明瞭となります。生命力が乏しい人は、他の人と同じように活動しようとしても、そのあるがままにある状態では、持っているものそのものが少ないため動けません。そのようなとき、肝が作動して無理に生命力を立ち上げあるいは偏在させて、その時々の生理機能を行おうとしています。考えると頭に生命力が集まって、手足が冷えたり食欲がなくなったりします。また食事をとると胃腸に生命力が集まって、手足や頭がおろそかになり、手足がかえって寒えたり考えることができなくなったりします。便通や排尿といった生理的活動をする際にも、日常的に肝を発動させなければならないほど、生命力の乏しい人もいます。気張らないと便通が出にくく排尿もしにくいような人がこれにあたります。

病となるとその生命力が病と闘おうとしてその戦いの場に集まるため、他の部位にいく生命力が乏しくなります。そのため食事をとる量が減少することがあります。このような状態の時に無理に食べようとすると、肝木の作用によって生命力が胃腸に集められることになります。

このように無理に何かをするという際に発動されるものが肝なわけです。無理や緊張によって行われる行為すべてが、肝と関わります。火事場の馬鹿力と呼ばれるものも、肝が発動していることを表現している言葉の一つです。

あるがままにリラックスして日常生活ができるような場合には、肝は関わってはいません。身心のことを忘れて、何かやりたいことを自由にやっている状態です。



肝は感情に支配されやすく、全身の生命力を動かすため、将軍の官とも呼ばれています。生命力の再配置を行っているわけです。

感情や意志との関わりが強いことを考慮に入れると、身体観というよりも生命観と呼んだ方がいいかもしれません。東洋医学では、身心を一元の生命力として捉えますので、身体観でも生命観でも同じ意味になります。


肝木の身体観の中では、心は天の精であり火に象徴されます。腎は地の精であり水に象徴されます。

この心と腎、火と水、天と地という並べ方を、陰陽関係と呼びます。心が陽で腎が陰、火が陽で水が陰、天が陽で地が陰です。精とあるのは、その場の本質というほどの意味です。

また、肺は天の本体であり金に象徴されます。脾は地の本体であり土に象徴されます。

木火土金水はこのようにして、五臓に配分され、小宇宙としての構造を持つと考えられています。これを図にすると以下のようになります。


肝木の図



・肝木は人の内なる小さな気一元の存在
・肝には陰陽があり、
・根を養うものが脾腎、
・枝を養うものが心肺


「人」は天地の間にあり、天地をつなぐ存在です。肝木は人の内なる小宇宙における小さな「人」として、同じように、身体内の小天地における天である心肺と地である脾腎とをつないでいます。

このことを逆から表現するなら、天に根ざして大きく枝を広げて天の清気を吸収し、地に根ざして深く根を張って地の濁気を吸収する。天地の大いなる養いによって人の内なる肝木は大きく育っていくと言うことができます。この天地に養われ、天地を結ぶものとして成長していく木のイメージが肝木の身体観であるということになります。
本書で詳細にお話しすることとなる肝木の身体観は、肝木の概念を中心とした身体観です。腎水の身体観として紹介した臍下丹田を中心とした身体観を基本としています。肝木の身体観は、腎水に根ざした肝木という揺らぐ生命を基幹として、「ひとくくり」の生命観を構想しているものです。

東洋医学で現在一般的に使われている五行理論は、『黄帝内経』の中でも比較的後期に考案されたものです。いわゆる五行を相生相剋として把握し機械的図式的に捉えているものです。五角形の図で表現されています。

漢代にできた東洋医学の古典である『黄帝内経』の中には、抽象的な五行の概念として、相生相剋というものがあります。五行は木→火→土→金→水の順に生じてまた木に戻るというものが相生という概念であり、木×土×水×火×金と相互に過剰を抑制しあうのが相剋という概念です。これは漢代の儒家によって研究された春秋学に基づいています。

春秋学というのは、当時までの王朝の盛衰を五行に置き直して現王朝の正当性を証明しようとしたものです。一つの王朝を五行のうちの一つ項目にあてはめて、火の王朝には水の王朝に傷られる宿命だったとか、土の王朝は火の王朝を嗣ぐ宿命だったなどと考えて、歴史を評価し現在の王朝の正当性を唱えるための理論を作っていったものです。

考えてみると人の身体はまるごと一つのものとして存在しています。そして五臓すべてをその体内に具え、協調してその生を育んでいます。ですからこの相生相剋の理論は人身に転用すべきものではありません。実際、この相生相剋理論は歴代の医家によって乗り越えられ、臓象学説あるいは臓腑経絡学説としてより具体的な生命観を与えられています。

肝木の身体観は、そのような医療の歴史を踏まえて積み上げられてきた五臓の相互関係についての理論を基にしているものです。春秋戦国時代に作成された五行論を捉えなおし、清代に作成されました。発想の基本はその名の通り、肝を中心におくところにあります。
以下の項目があります。少しづつ解説していきます。
■天地を結び天地に養われる肝木
■肝は人の生きる意志
■肝の活動を支える脾腎
■現代社会の病
■肝鬱は邪気か
■肝の化粧
■肝鬱二態

腎水を中心とする身体観は、臍下丹田の認識とも相まって大切なものです。後天の生命力の中心である脾と対比して、腎は先天の生命力の中心であるとされています。臍下丹田を人身の中心とし、そこに意識を置くことを重視する身体観です。この身体観は、健康法の極意でもあり、仏教―ことに禅とつながりの深いものとなっています。

この腎水を中心とする身体観の起源は、後漢中期、紀元100年頃に書かれた東洋医学の古典である『難経』という書物で前面に出ました。東洋医学のそれまでの古典である『黄帝内経』では、「命門」の位置が目に置かれていましたが、『難経』では、臍下丹田に置かれています。「命門」という重要な言葉の指示するものが、目から臍下丹田へと変化しているわけです。このことは、『難経』の作者が身体観の大きな変化を表現しようとしているものです。

『難経』ではこの臍下丹田を、「腎間の動気」と名づけ、「人の生命であり、十二経の根本で亅あるとしています。(六六難)十二経というのは生命力の流れる通路です。ですからこの言葉は、臍下丹田こそが生命の根本であると断じているものです。また、「上部に脉がなく下部に脉がある場合は、もし困窮している状態であったとしても害はありません亅(十四難)と、人身の根としての脉の位置である、尺位の脉を重視しています。尺位の脉は腎を意味していますから、これもまた腎であり命門の位置である、臍下丹田を重視した言葉であると言えます。

このように、「命門」の位置が目から臍下丹田へと移動したということの背景には、支那大陸への仏教の伝来があります。仏教における座の暝想の影響が、このような身体観の大転換をもたらしたわけです。その後、時代を下るにつれてこの臍下丹田を中心とした身体観は、暝想する際に意識を置く中心だけでなく、武道における身体の中心として、また健康法における意識の中心としても重視されることとなります。
脾土の身体観


脾土を中心とする身体観は、四角形の中心に脾土を置くという、東洋思想ではもっとも古い身体観です。気一元の場の中に、東西南北の位置を想定し、中央に脾土をおくものです。これは東洋医学の最古の古典である『黄帝内経』の中でも、もっとも古い記述に属します。北を玄武、東を青龍、南を朱雀、西を白虎と、象徴的な名前を付けて呼ぶことがあります。ここには、天を見てこれを名付けているような印象があります。星座のイメージです。日本で発見されたキトラ古墳や高松塚古墳では、石室の天井に星とともに描かれています。

中央に脾土をおくのは、古代において食がいかに大切であったかを想起させます。その土地の食べ物をいただき、その土地に生きその土地に埋葬される。土人すなわち中心の人、あるいは土民の生き様を尊重したものであると思えます。中央は黄色で表現され、古代の聖王の中心が黄帝であることも、この中央脾土を重視するという、あたりまえの姿勢を想起させるものです。

東洋医学ではこの脾と胃とを、後天の生命力の中心であると考えています。食事を摂りそれを消化して全身に栄養として送り、不要なものを排泄する。脾胃の機能はまさに生きている人の身体全体を養う、大切なものです。

金元の四大家として尊称されている名医である李東垣は、この脾胃の大切さに目覚めていました。そのため、脾胃を中心とした身体観に基づく東洋医学の考え方を『脾胃論』という象徴的な題名の書物としてまとめています。
『生命にまなぶ鍼灸医学』シリーズが続きます。
今回は、身体観を三種類に分けてみています。個々の詳細については、それぞれ次回から述べていきます。
さて、東洋医学ではこの「一」の括りについて、いくつかのパターン化された考え方が提供されています。これらのことを一元流鍼灸術では「身体観」と呼んでいます。

『ー元流鍼灸術の門』の五行の篇に、その一元流鍼灸術で捉えなおした身体観が、まとめて述べられています。それは大きく分けて三種類あります。

・後天の気である土を中心とする、脾土の身体観
・先天の気である水を中心とする、腎水の身体観
・人身の天地をつなぐ木を中心とする、肝木の身体観

がそれです。

言葉にしてしまうと平面的になってしまいますが、前文で述べたとおり、言葉の裏側にある生命そのものを、リアルに認識しようと努力して下さい。このそれぞれが、まるごと一つの身体を、立体的に、かつその着眼点―重点を変えながら表現しているわけです。
ヒポクラテス―ガレノスの医学を嗣ぎ、中医学やアーユルヴェーダを取り込んでいるといわれイスラムに拡がったユーナニ医学の解釈書を読んでみるとやはりこの、言葉と実態との壁は非常に大きいことがわかります。古人が何を語ろうとしていたのかを、言葉からしか理解できていない。実際にそこに何を見、何を感じとろうとしていたのか、その言葉が発生される以前の「観察」への配慮が足りないわけです。

ちなみにこのユーナニ医学の『医学典範』は、18世紀まで西洋の医学大学で基本教科書となっていました。

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