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一元流鍼灸術

一元流鍼灸術の解説◇東洋医学の蘊奥など◇HP:http://www.1gen.jp/

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言葉の指す向き

言葉、というものは恐ろしいものだと思います。
読む言葉、語る言葉に、指す言葉。
武士道における言葉は発するものの内側に肉薄する言葉でした。
他者に対するものではなく、己に対する諫言。

この同じ言葉が、他者に向けられたとき、それは他者を支配し傷つける刃となります。
けれどもそれが己に向けられたとき、己を磨く砥石となります。

この二者の差は歴然としているものです。

道徳を説くものの醜さは、己に向けられるべきこれらの言葉を他者に向けて発して、他者を支配しようとするところにあります。

己に向けられたものの美しさは、自身の切磋琢磨の目標としてこれらの言葉を用いるところにあります。

己に向けた言葉を他者に向けぬようくれぐれも注意していきたいものです。
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一元流鍼灸術では文字で書かれている古典を読むことも大切にしています。けれどもその読み方には特徴があります。

以前触れましたが、究極の古典は目の前の患者さんの言葉化される以前の身体です。ですから、古典を読む時に念頭に置かなければならないもっとも大切なことは、目の前の患者さんの身体をどのように理解するのか、ということです。そのための道具として、先人が同じように目の前の患者さんの身体を理解しようとして、ひもとき綴ってきた古典を使用するわけです。

そのような姿勢に立つとき大切なことが、古人の視点に立ち返るということです。この古人の視点とは何かというと、天人相応に基づく陰陽五行論です。気一元の観点から把握しなおした陰陽と五行という視点を明らかにしない限り、古人の位置に立ち、古人とともに古典を形作る共同作業を担うことはできません。

ですから一元流鍼灸術のテキストではまず、「気一元の観点に立った陰陽と五行の把握方法」について語られています。


何かを解釈する際に基本的に大切なこととして、何を解釈しようとしているのか、その対象を明らかにする必要があります。ことに「天人相応の関係として捉えうる人間の範囲」とは何かということを規定しなければ、天人相応の関係を持つとすることが何を意味しているのかということや、気一元のものとして捉えるということが何を意味しているのかということを理解することはできません。

「場」の中身を陰陽の観点から五行の観点から把握し治すその前に、その場の状態―包括的な傾向を把握しておく発想が必要です。そのことを「器の状態」としてテキストでは述べています。生きている器の状態の動き方の傾向を把握しようとするわけです。その変化の仕方の傾向をどのように把握するのかという一段高い観点がテキストでは述べられています。それが、器の敏感さ鈍感さ、器の大きさ小ささ、器の脆さ緻密さという三方向からの観点です。テキストではこれを、人の生成病老死に沿って解説しています。陰陽と五行で把握するものは実は、そのような傾向を持つ器の「中身」の状態について考えているわけです。

生命が日々動いている場の状態を説明する際、その場=器の傾向を把握しておくことは、生きている生命の弁証論治をしていくうえで欠かすことのできないことです。この基礎の上に立つことによって初めて弁証論治を考えるという行為が成立するということを、一元流鍼灸術では明確にしています。


「場」の中身を陰陽の観点から五行の観点から把握し治すという行為はこの基礎の上に成立します。それは現在の気の濃淡の傾向を静的に分析するといった傾向を持ちます。その中でのバランスの崩れを時間の流れという動きの中から捉えていくわけです。


一元流鍼灸術で現在着々と積み重ねられている、このような基礎に立った弁証論治は、現在の目の前にある古典である患者さんの身体をいかに理解するのか、理解したかということを明らかにしているものです。積み重ねられた古典の情報を用いますけれども、実は今目の前にある患者さんを理解する、理解しようとするその熱が言葉になっているにすぎないとも言えます。

ですから、古典が時代とともに発展し変化してきたように、弁証論治も現時点でできあがった人間観や病理観を固定化し執着するものとしてはいけません。解釈はいつも仮の姿です。より真実に向けて、より実際の状態に向けて、弁証論治は深化し発展し続けなければならないものであると覚悟してかかるべきです。

このようにして初めて、次の時代に残すべき古典の原資を提供することができるわけです。


ですから一元流鍼灸術で古典を読む時、この同じ熱で古典が書かれているとして読んでいます。そのようにすると、文字に踊らされて綴られているにすぎない部分や、論理的な整合性を求めてまとめられたにすぎない部分や、とりあえず資料として収録されたにすぎない部分などが見えてきます。

古典を大切に思っていますので、その原資料を現代的な視点で解釈しなおしたり改変したりはしません。より書き手の心の奥に潜む情熱に沿うように読み取っていきます。読み取る際には私心をなくしてただ読みます。けれども、読み取ったものに対しては厳しい批判の眼差しを向けます。読み取る際には私心をなくしてただ読み取り、読み取ったものに対しては厳しい眼差しを向けるというこの姿勢は、実は我々が弁証論治を作成する際に自分自身に向ける眼差しと同じです。

これはすなわち一元流鍼灸術で古典を読むということなのです。
....言語を超えた理解を!

私どもは何を学ぼうとしているのでしょうか。何を形作ろうとしているのでしょうか。

中医学を学ぼうとしているわけではありません、経絡治療を学ぼうとしているわけではありません、漢方医学を学ぼうとしているわけではありません、東洋医学を学ぼうとしているわけではありません。

そうではなく、目の前にいる人間をよりよく見てよりよい治療を施すにはどうすればいいか、ということを学びたいわけです。

ということは、まず第一に、目の前にいる人間をどのように理解すればいいのか悩む必要があります。それがなければまず初発の心が起こりません。この道を続けていくことができません。もし人間に興味がないのであれば始めからこの道に入らないことです。

次に、どのようにすれば理解できるのだろうかという悩みに入ります。現代では医学というと西洋医学が主流ですので、それを学ぶのも一つの手です。解剖を学び生理を学びます。その精緻な分析的な手法に感動します。

けれどもそれで人間を捉えることができているのだろうか、本当にそれでいいのだろうかと悩みます。不自然な感じがするし肉体は救われるのかもしれないけれども心は救えないかも。病気は診ているかもしれないけれども人間を観てはいないのではないだろうか。そもそも人間を観るというのはどういうことだろう。

そこで東洋医学の一元的な人間観に出会うわけです。人と宇宙とを対応させて考えており、人間は小さな宇宙であるという。陰陽という物差し五行という物差しを使って、その宇宙をさまざまな角度から観ようとしているらしい。これって美しいかもと。

そこで勉強を始めます。すると、思いのほか大量の知識の集積の前に戸惑います。多くの言葉を記憶しなければそこに書いてあることを理解することすらできません。まじめな人はそこで苦労していく決意を固め、いわゆる東洋医学用語を定義しそれを使って表現する方法を学びます。そして古人の言葉を理解しその解説までつけられるようになります。そのような作業を続けて数十年が過ぎたころ運が良ければ再度深い迷いにはまり込むことにななります。

言葉は取りあえずわかったような気がするけれども、目の前の人間理解は進んでいるのだろうか。評価し分析することはできるようになっている気がするのだけれども、本当に理解しているのだろうか。と。


存在そのものへ、存在そのものの理解を、と思う時、実は言葉は邪魔なだけだったりします。言葉を通じて古人と対話し、言葉を通じて他者と対話することはできるわけですけれども、言葉以前に存在している人間そのものは言葉を格拒して〔注:きっぱりと拒絶して〕そこに存在しているのです。それをどう損壊しないようにありのままに把握していくのか。それが陰陽五行論の基本的な発想であったはずです。それなのに、いつの間にか陰陽の定義 五行の定義にはまり込んで、陰陽五行という自在な物差しの使い方がわからなくなってしまっています。定義された言葉がまるで存在そのものと自分の目の間に大きな黒い雲となって広がり、存在そのものが見えなくなってしまっているような感じです。

言葉はとても強いものなので、非常に危険です。言葉の危険のもっとも大きなものは、表現してしまうと理解できたような気がすることです。名前をつけてしまうとそれをわかったような気になってしまう。多くの言葉が積み重なっていると深い理解がそこにあるような気になってしまう。そして言葉という腐葉土の中で一生を終えることとなるわけです。

さて、一元流鍼灸術では、その言葉を使って勉強していくわけです。けれども、スタッフがいつも気をつけていることは、言葉におぼれない、言葉に踊らされない、存在そのものを理解しようとする姿勢を中心として言葉を理解し発しているということです。ですからまだ言葉を知らない初学の方々であったとしても、おかしいと思うことは積極的に発言していただくことで、スタッフの理解が進み一元流鍼灸術もさらに進歩していくことができます。

一元流鍼灸術の良さは実にここ、存在に対する謙虚さ、にあるわけです。


鍼灸医学のエビデンスをアップしました。
http://1gen.jp/1GEN/PDF06.HTM

生命の弁証論治を実践していく上で、技量を上げるということがエビデンスを磨くということに繋がります。
その時の問題点と目標とを記述しました。
朱子学も陽明学も、存在の本質とは何かということを探究しているものです。それを通じて正しく生きること、正しい社会認識を行い安定した政治をすることさらには他者に対する礼儀はいかなるものかといったことを、中国古典を通じて編み出そうとしてきたものです。

朱子学は宋代の革新的な思想であり、陽明学は朱子学の基盤のうえに咲いた明代の思想です。双方ともに当時の求道的な思想の影響を受けています。

求道的というのは何を意味するのでしょうか。それは、物事の本質を極めようとする姿勢のことを指しています。生活や自己保存を目標とするのではなく、正しさとは何か、正しさは何によって担保されるかということを極めることを、思考の基盤―人生の目標にしているわけです。

道を求める際、自己をまとめるために、静座を奨めていることも同じです。これは、禅の影響を強く受けているということを意味しています。朱子は禅を全否定しますけれども、その思想の基盤には禅があるのです。陽明はそこまでは禅を否定しませんけれども、儒教一般として、「禅に堕す」ことを忌避します。禅は、生命の学―実用の学ではないと考えているためです。けれども自分の心をまとめ鎮めていくことを通じて、あるがままの自己とは何かという問いに対する答えを、双方とも得ています。

実はこの答えが、朱子学と陽明学とでは少し異なるわけです。


朱子学でなぜ理気二元論のような形になったかというと、物事の本質が物そのものに備わっていると考えるためです。その背景には、存在するものを作ったものが「天」であるとする敬天思想があります。存在そのものにはすでに備わっている正しさがある。その正しい位置においてそのものを取り扱うことが、それの正しい取り扱いかたである、といった具合です。

このため、朱子学では、存在するもの(気)の背景に本来的な性質(性)があり、それを支えている理があるという論理構成となっています。これが性即理という言葉の意味です。

これに対して陽明学ではさらに、ものの本質をとらえている「自分自身は何か」といことへと問いが深化しています。そこまで問わなければものの本質をとらえることはできないのではないかという問題意識がそこにあるためです。

なぜかというと、物そのものの本質を見極めようとしているものは自分である。自分の軸が定まっていなければ物事の本質などみえるわけがない。そういう発想がここにはあるわけです。

この背景には大きく深い自己否定があります。自分の本質を見極めなければ物事の本質には至ることはできないだろう。しかし、その自分とはそもそも何なのだろうか。きちんと物そのものを見ることができるのだろうか。物を見ている自分の本質とは何なのだろう。ここを問い詰めていかなければならないためです。般若心経の眼耳鼻舌心意という自己の知覚の全否定につながる思想がここにはあります。

そしてそのような大き深い壁―自己への絶望にぶち当たったはて、ひたすら求道を光にすがって求めつづけていた底で、王陽明は大きな気づきを得ることとなりました。これが「龍場の大悟」といわれるものです。

その内容は何かというと、「天地万物一体の理」と呼ばれるものです。すべてのものは我が腹中において一体である。私こそがそれを見それらを位置づけているものであるという事実です。ここにおいて王陽明は自己を抜け出で、一体の世界のなかに自己を譲り渡し、そこから言葉を発するようになったわけです。

王陽明はもともと誠実な朱子学者であり、朱子の導きの手にしたがって歩み続けることを通じて、「龍場の大悟」に至り、朱子学の二元論を乗り越えて、万物一体の理のなかに住まうこととなりました。

自己の外に理はない、自分の内に理があるというその姿勢〔注:心即理〕を担保するものは、絶えず自己点検を怠らないということです〔注:致良知〕。ものごとの正誤を認識し決断するものは私でしかありません、そしてその責任を全うするためには自己の鍛錬を怠ることはできません。そのため王陽明は、積極的に人びとの中に入っていき、自己の理解を拡充することを通じて自己を変革しようとしました〔注:知行合一〕。自己の認識能力を厳しく鍛錬すること、そして決断は断固として行い責任をとること。それが陽明学の正しさを担保するものであると考えたわけです。

その正しさとは、「今ここ」における正しさでしかないということはやはり述べておく必要があるでしょう。状況が異なれば経験されることも異なり、決断もそれにつれて異なってくるからです。

一元流鍼灸術はこの王陽明の思想に従います。

長くなりましたので、これ以降は各自考えを深めていってください。注意すべきことは、万物一体の理、の外側には何もないということです。「すべてがこの理の内側にあり、例外はない」ということです。

場を設定し、それを気一元のものとして把握していく一元流鍼灸術の身体観の背景にある思想は、このようなものなのです。


なお、この文章は、以下の著書を参考にしています。


『朱子学と陽明学』小島毅著 ちくま学芸文庫
禅と陽明学との干渉については荒木見悟氏の諸著作
言葉を越えたリアリティを掴むというとき、そこには必ず幾ばくかの禅の悟りが入り込みます。悟りというと遠くにある太陽か月のようですけれどもそれは違います。ただ、ありのままにここにいてありのままに感じ取ること。当たり前の今を、すべての妄念を取り払って感じ取ろうとするその意識の位置のことを、禅の悟りと呼んでいます。

これが実は脉診に必要になるということは、勉強をし脉診を継続された方であれば容易に理解することができるでしょう。前提や思い込みがあると、必ず診誤まります。そして実はこれは、脉診ばかりではなく、体表観察などのすべての場面において必要になる姿勢です。


見ることができないうちに私たちは学校で言葉を学んでしまいます。そのため、見たものを言葉にあてはめようとしてしまいます。そうしないと安心できない、それができると安心できる。そういう癖を、言葉に使われている私たちはもってしまっています。

暝想は、その言葉を放擲して、リアリティーそのものに肉薄する練習です。仏教にも万巻の書物があります。それを一気に乗り越えて仏陀の悟りにその裸一貫の魂で肉薄しようとするものが禅です。言葉を越えて悟りの実態そのものへと参入していこうとするわけです。この姿勢を不立文字と呼びます。

実は、体表観察をする上で必要な姿勢はこれです。東洋医学にも万巻の書物があります。そのうち、脉診について専門に述べている書物だけでもたくさんあります。後進はその書物を読みこなし、脉診についてなんらかの知識を得、さらに理解を得ようとします。

けれども言葉に従っていては実は脉診は理解できないものなのです。後進は、文字に著されている脉状を、自分が診た脉状と比較しながら、診たものにつけられている名前を探し出そうとします。さらにはその名前で検索して、その脉状の意味を見つけ出そうとさえします。

けれどもそこには何の意味もありません。なぜなら、生命というものはもっともっと大きな流れだからです。大いなる生命の流れの中に私たち一人一人は存在しています。その一人一人の小さな生命の流れの中のごく一部の表現として脉診はあるにすぎません。

生命の大いなる流れの中の、ごく一部。ほんのわずかな表現にすぎないのです。そのため古来、脉に囚われるな、四診全体を見よというのです。四診を通じて全体の生命の流れを把握し、その全体の生命状況に従って現在の脉状の意味を考えていく。そのように発想の転換をしなければなりません。

四診を通じて全体の生命の流れを把握し、その全体の流れに従って四診それぞれに表現されていることの意味を考えていく。そのように発想の転換をしなければならないのです。

診ることが先、診えたものをどのように呼ぶかということは、後の問題です。その意味をどのように考えていくのかということは、さらにその後の問題なのです。

私たちはそのことを理解するために暝想をします。言葉のすべてを手放して、脉そのものを診れるように、体表観察そのものができるように、全体の生命状況を捉えられるように、暝想をします。

そうやって実は、古典の文言に縛られた東洋医学を乗り越えようとしているわけです。

そうやって実は、体表観察に基づいた医学を、現代に蘇らせようとしているわけです。

http://1gen.jp/1GEN/PDF04.HTM

奇経理論と絡脉理論を統一的に述べ、奇絡理論としてその構
造を展開したものです。明代の喩嘉言の理論を踏襲したもので
すが、非常に独創的です。


これまでの奇経理論を乗り越え、新しい視点を与えるるものとな
っています。



■ 以下内容紹介です。


本論文『奇経一絡脉論とその展望』は、清代初期の禅僧であり
名医であった、喩嘉言(1585年~1664年)の説にしたがって、奇
経八脉理論を絡脉理論の一環として捉え直し、絡脉の概念を再
構築したものである。


喩嘉言は、『傷寒論』の研究家であり、日本の古方派の祖であ
る名古屋玄医(1628年~1696年)に深い影響を与えたことで知
られている。ちなみに名古屋玄医はその気一元の身体観を伊
藤仁斎から受けている。(注1)



清代中期の高名な医家である葉天士(1667年~1746年)は、奇
経と絡脉とを一つの概念として捉えて奇絡と呼んでいた。彼は、
病が長期にわたると奇絡に入り、肝腎に隷属すると考えた。こ
こにおいて、絡脉および奇経の位置づけが一新されている。こ
れは実は温病理論における身体観である、衛気営血弁証の中
の、営血部分の病位を担うものが奇絡(絡脉・奇経八脉)である
と葉天士は述べているわけである。


この身体観は『素問』『霊枢』『難経』を基礎にしているものであ
るが、また、上記した喩嘉言の『医門法律』における〈絡脉論〉
を深く理解したものであると考えられる。


本論では、喩嘉言のこの〈絡脉論〉を検討するため、その歴史
的な基礎として、「奇経八脉研究の歴史」および「絡脉研究の歴
史」を先にまとめた。


『医門法律』中の一論文である喩嘉言の〈絡脉論〉については、
「喩嘉言:奇経一絡脉の説」として次に簡単にまとめ、全訳は一
番最後に付録として全訳を掲載した。


この喩嘉言の説へのおそらく唯一先鋭的な批判が、現代中医
の邱幸凡による『絡脉理論与臨床』である。本論文では、その
批判部分を抄訳し、それを批判的に検討している。これが「喩
嘉言の絡脉論に対する批判と反批判」である。喩嘉言の説の優
位性がここに明らかにされている。



次に、喩嘉言の説が臨床に与える影響を「喩嘉言の絡脉論のも
たらす可能性」と題して私見を述べた。これは現代の鍼灸師の
うち、「八脉交会穴」への処置が奇経に対する治療であると考え
ている方々へのレクイエムである。発想の転換を促したい。ここ
において奇経治療と絡脉治療とは一体化し、奇絡という大きな
身体観の枠組みを与えられることとなる。



また、さらに喩嘉言の説を超えて、奇絡のネットワークとしての
考え方を明らかにしてある。ここにおいて、奇絡の概念の新しい
視平を獲得していただきたい。


陰陽五行論の人体への展開である臓腑経絡学を側面から補完
し、臨床に資するものとしての奇絡の概念が、『黄帝内経』の中
にすでに描き出されているということを再確認しつつ、現代にお
いて新たな意味づけが与えられているわけである。



さらに、この喩嘉言の〈絡脉論〉を臨床的に展開した葉天士の
治療法を、奇絡の治療と題して掲載し参考に供し、最後に奇絡
に鍼灸師が手を入れるということについての私見を記載した。



この論文を通じて、奇経―絡脉構造ひいては臓腑―経脉構造
の把握を新たにし、気一元の身体観の下、大きな視座で治療を
組み立てられるよう祈っている。

このことを脉診を借りて述べていきましょう。

脉には生命のありのままの状態が現れています。われわれ鍼灸師はまさにそれを法として、治療前後の変化を診ているわけです。

脉を診る際、自己の概念を脉診をする指先に持ち込んでいくと、般若波羅密多として真実相を表現している脉状そのものを診ることはできません。

自分が診たいものを診、すでに理解できている範囲の中にその脉状の診方そのものを押し込めて判断してしまうためです。診たいものを診、表現したいものを見つけて、それを表現してしまうわけです。このことがまさに、「自己を運びて万法を修証」しているという言葉そのものの行為なわけです。

あるがままに診ようとするのではなく、きちんと診る前にレッテルを貼ってしまい、診ることを歪めてしまうわけです。このことを道元禅師は「迷」と呼んでいるわけです。

すでに持っている自身の診方や概念を一歩も出ることなく、自分の世界の中だけでものごとを分類し理解し(たつもりになっ)ているわけです。真実の世界は、そのような人々には開かれることはありません。なぜならそのような人々は世界に対して心を閉ざしているためです。まさに暗く閉ざされた世界、レッテルを貼り決めつけるだけの、迷いの世界がここに現成することとなります。

けれども本人たちは自分の王国の中心でふんぞり返っています。何もみえていないため、その小さな世界がすべてだと信じ込んでいるためです。自分自身の概念の檻の中に住んでいるのです。これを「井の中の蛙」とも言います。本当の意味での迷い、迷っていることさえ理解することができない、頑迷な迷いの中に彼らは住んでいます。


これに対して、指尖に集中してそこに映る脉の表情を、それが生命の表現であると感じ取ろうとして、ありのままに受容する脉診の姿勢があります。言葉にできなくてもいい、まずは感じ取ろうとすること、自身の指尖の感受性を信じてそこに任せてみる。そのようにして自分の心を開き続ける脉診の方法があります。新たな生命が今そこに現れていることに目覚めていようとするわけです。

そのようにして感じたものを、そのまま言葉化していきます。このような作業を「万法すすみて自己を修証する」と道元は表現しており、その心の位置を「さとり」と述べているわけです。
道元禅師の『正法眼蔵』に、

「自己を運びて万法を修証するを迷とす、万法すすみて自己を修証するはさとりなり」とあります。

万法というのは般若波羅蜜多のことであり、真実の世界というほどの意味です。
自己というのは、自己の意識のことです。
修証というのは実践的に明らかに理解するという意味です。

もともと「法」はあるがままにあり、あるがままの姿をそこに表わしているにすぎないものです。けれどもそのあるがままにある「法」を、自意識という穢れを持った我々―自己意識が、どうすればあるがままに感じとることができるのか。そこが問題の核心になるわけです。

真実の世界が、そこにあるのに、我々はこれまでの習慣によって汚された、心や知識や知覚を用いてあたかもすでに知っているものを見るかのようにそれ―「法」を見ます。ちゃんと見る前にレッテルを貼り、これまで蓄積してきた自分の考えのままに分類して理解したつもりになるわけです。

このような行為は、そこに存在する生命のあるがままの姿を破壊し窒息させる、傲慢極まりない姿勢です。けれどもそのような行為が日常になっている人々にとっては、自身の愚かさそのものでさえも理解することのできないものなのです。

なんという迷いの深さ、深い愚かさでしょう。


そのような世界に直面している時、道元禅師のこのことばは我々に光明を与えてくれます。

あるがままの生命の姿―般若波羅蜜多―真実の世界を、明らかに知る―修証するためには、自己を捨て、その世界が表われている「今、ここ」、毎舜起きているこの奇跡の世界に、自分を開けわたさなければならないのです。

その繊細な皮膚感覚こそが世界をあるがままに感じ取るために基本的な姿勢となります。

その姿勢を保ちながら、うめくようにその存在を表現する言葉を編み出す。「それ」を表現する言葉、すなわち般若波羅蜜多を表現する言葉を編み出す。ここが大切なところです。そしてこれこそがまさにこの「万法すすみて自己を修証す」の中味となります。存在が我を用いて、その存在の歌を歌うわけです。これはまさに詩の世界を意味しているものです。感応の生命世界が、ここに現成しているわけです。

自己の内に般若波羅蜜多が入り込み、自己を借りて詩を歌う。この時の、自己の心の位置を、道元禅師は「さとり」と表現しています。まさに毎瞬変化し続け成長し続ける世界の中心に私は存在し、触れている世界を変化していく自己意識を観察するように、自由に表現していくわけです。
漢代の儒教は春秋の学を基本としていました。

春秋の学とは何かというと、春秋戦国時代において王朝の交替がどのように行われていたのかを研究する学問です。漢代初期には相剋関係で、前漢末の王弼以来は相生関係で正統な王室交替が行われると解釈されることとなりました。

いわゆる黄巾の乱は、火の徳を保持している漢王朝が滅亡して土の徳を保持するものがそれを嗣ぐという発想に基づいて、黄色い布のはちまきをして反乱を起こしたものです。
http://three-kingdoms.net/2059


この相生相剋理論は、後世からみると説得力があるように思えます。けれども、今そこにあるまるごとひとつの生命をみていく上では、非常に問題のある理論です。なぜかというと、五行すべてを具えることで始めて生命は成り立っているものだからです。五行の一つでも欠けては生命は成り立ちません。

古い黄帝内経の記載では五行を、土を中心とし、木火金水を東西南北とする五行論を用い、その相互関係を眺めていました。(素問:太陰陽明論)土を中心として一体の生命を眺めていたわけです。

ところが後代になると、春秋の理論がまるごと一つの生命の中に導入され、相生相剋理論と名づけられて、生命の中で機械的な対立関係が存在するかのように記載されることとなります。

春秋理論における相生相剋は実は、まるごと一つの生命の中に存在するものではなく、一つの生命が滅び次の生命に天命が交替する理由づけを行うための、あとづけの理論だったのです。この論の源流は先秦時代の鄒衍にあります。鄒衍はその思いつきの理論を用いて、次に天下を支配する王朝の特徴を述べ、諸候に説き歩き、大いにもて囃されたといいます。

それまではまるごと一つの生命をよく見るために存在していた陰陽五行論を、時間軸の中に置き換え、しかも支配する生命の交替に応用した鄒衍の罪は、万死に値するものであると言わなければなりません。また、愚かにもその空論をまるごと一つの生命に適用してしまった黄帝内経の作者の一部も、自らを恥じるべきでしょう。理論がそこにあるからとそれを検証することなしに適用してはいけない、肝に銘ずるべきです。この空論は現代の東洋医学にも今なおはびこっているため、ここに強く警句を発しているわけです。

五行の関係から人間が成り立っているという言葉を逆からみると、まるごと一つの生命を五つの観点から捉えなおしその関係性をみていくという言葉になります。実はこれが古代の視点だったのです。

これは陰陽でも同じことで、生命を観る時、陰陽のモノサシを用いてバランスよく見ていこうとすることが古人の方法でした。陰と陽とが存在し、それが組み合わさって生命ができているわけではありません。


このことは実は東洋医学千年の誤りであるだけでなく、儒教千年の誤りであって、改められるまでには、「万物一体の仁」こそが生命の本体であるということを自覚した、王陽明の「龍場の大悟」と。それを引き継いだ、伊藤仁斎を中心とする日本の民間思想家群を待たねばなりませんでした。
十二正経を中心とした臓腑経絡学という川の身体観から、
十二正経と奇絡という、川と海と空という三次元的身体観へと
我々は歩を進めることができた。
これは、言葉に踊らされる古典読みの世界を突き抜けて、
リアルにそこにいる患者さんの身心、
古典を形成してきたリアリティーに、
肉薄したにすぎない。
我々は今、四診を通じて古典を越え、
存在そのものを問う位置に立っている。

この位置は、問い続けること、迷い続けることという、
永遠の不安定、永遠の探究を基盤としている。

ここに居続け、変化を怖れず、探究しつづけよう。
一元流の暝想には目的があります。

それは思い込みを排除して、新たな気持ちで切診を行うというこ
とです。

思い込みというのは、できるという思い込み、わかるという思い
込み、できないという思い込み、わからないという思い込み、す
べてを含みます。劣等感や傲慢さや怠惰の心のすべてを手放し
て今あるがままにある自分自身を受け入れ、等身大のレベルで
の切診をするために暝想するわけです。

暝想は12時15分から12時45分まで私の治療院で行います。

暝想を行う前にも録音が流れますが、ここにその内容について
の解説をしておきますので、繰り返し読んでイメージしておいて
ください。

暝想には鐘を用います。鐘の鳴るタイミングで意識の位置を変
化させていきます。

意識のある位置と方向を変化させます。


■1の鐘。

姿勢を正します。

背筋を伸ばして力を抜いて
臍下胆田に重心が自然にかかるよう、
姿勢を正します。

治療において身体のバランスを調えるということが
これにあたります。

前後、左右に背骨を揺らして、
中心を確かめます。
活元運動を軽く行って凝りを緩め、
感じ取れる歪みを正しても良いです。

けれどもやり過ぎないように。
今できる範囲内で行います。
そして、次の鐘で、止めます。
今できる範囲内のレベルで諦めるわけです。


■2の鐘。

意識を止めます。
身体にある矛盾、
偏りを調えるのは
これが限界だと今は諦め、
全身に向かっていた意識の動きを止めます。

そして、今、どこに意識が止まっているか確認します。

できるだけ明確に、意識の位置を捉えます。
意識の発生源を確かめるわけです。
今集中のある場所が意識の中心です。

多くの場合、それは目の後ろ
松果体の位置にあります。
ものごとをぐるぐると考える脳の中心でもあります。

次の鐘でその集中している意識が、
最も楽な位置である
臍下胆田に
落ちていくことを
赦します。


■3の鐘。

考えに集中している自分を手放し、
すべての疑問を手放して、
意識が最も楽な場所
臍下丹田に
帰ることを
赦します。

身体のこわばりも
思いのこわばりも
考えのこわばりも
全て手放して今、
存在する、
生命の、
家に帰ります。

その場所が臍下胆田です。

安らぎの家がここにあります。
安らぐ今がここにあります。

ここに意識を自然に安住させます。

恐怖や怒りや悲しみや不安を手放し、
今、この安全な生命の宿に帰ります。
この安らぎの家に意識を置いて感じます。

何が、そこにあるのか。
やわらかく素直な心で感じ取ってみましょう。

感じられるか感じられないかということではありません。

すでにその豊かな場所にいます。
すでにその場所を感じています。
何を感じているのか気づくことを、
自分に赦すのです。

私たちは日頃の癖なのか、
その安らぎの位置に
安住することを
必死になって
拒みます。

考えの中に逃げ、
思いの中に逃げ、
妄想まで作って、
苦しみ、
その中に逃げ込みます。

そのような自分自身をもまた赦しましょう。

そして意識は、
そのような妄想にとらわれず、
臍下丹田に置かれています。

少し心を弛めて、
少し心を開いて、
そのあるがままを受け入れます。

あるがままを受け入れる練習が暝想です。

30分ほどその練習をします。

臍下丹田を感じる練習です。


■4の鐘

臍下丹田にあり集中している意識が、
鐘の音の広がりに従って弛み、
広がるのを感じます。

意識が弛んで広がります。

徐々に、身体の感覚を取り戻していきます。
指を動かし、身体を揺らし、肩をほぐして、
静かに静座を解きましょう。

見るということ、
聞くということ、
触れるということ、
そのすべてにおいていつも私たちは初心者です。
初心の心と感受性とをもって勉強治療会に臨みましょう。

以下に、暝想の始めに流している音声ファイルのアドレスを掲載しておきます。
すぐに音声が流れますので注意してください。
http://1gen.jp/1GEN/%E6%9A%9D%E6%83%B3.MP3
肝鬱気逆の状態が起こると上焦に気滞が生じます。
これは肺が華蓋として蓋をしているためです。

華蓋は「蓋」ですけれども、呼吸する蓋です。開闔が素直に行われている状態、閉じたり開いたりということがスムーズに行われている状態が正常な状態です。

ということは、上焦に気滞が起こるといことはそもそも肺の機能に問題があるということを意味していることになります。スムーズに動くべき生命がスムーズに動かなくなっている、開闔不利が起こっているわけです。これが肺気不宣の正体です。

原因が肝気の上逆にある場合、肝気を引き下ろすことが根本的な治療になります。そして多くの場合これは補腎、根を付けることによって上逆している肝気が帰する場所を設けるということが治療の方針となります。ここには肺気は正常に機能しているけれども、上逆した肝気によって負荷がかかりすぎたため機能不全を起こしているという考え方が背景にあります。このため、上逆している肝気がなければ正常に機能していた肺の力だけでは、上焦の気滞を解消できなくなっているわけです。

つまり、より充実した肺気をもっている人であれば、肝気が多少上逆したとしても、肺本来の宣散粛降機能が働きますので、上逆した肝気を納めることができるわけです。

これを補完するものとして、呼吸法があり、また頭に血が上ったら手足を動かして運動させるという簡単な体操もあります。手足を動かすことによって気滞をとると同時に、呼吸を激しくさせて肺気を活性化させ、その宣散粛降作用を強めることによって、上焦の気滞を解消し、肝気の上逆を引き下ろそうとしているわけです。

補肺という言葉の本体はこういう肺の生理的な機能を補うということを意味しています。ですから、補肺はそのまま理気宣肺につながり、上焦の気滞を払うことにつながるわけです。補は瀉なり、という言葉の肺における生理がこれになります。
皆様にはいかがお過ごしでしょうか。

脉診も腹診も舌診もそれぞれを独立で行うということは意外と
深みがあるものだということに気づかれたことと思います。

体表観察するということは、気一元の観点で眺め得る基礎的な
場を、指下に観(脉診)、掌下に観(腹診)、また眼で観(舌診)
るということです。

それぞれが別の部位であり、それぞれの特徴があります。

そのそれぞれの場に全身の状態が表現されていと考えたため、
そこが体表観察の診察地点となっています。これが敷衍されて、
脉診だけ腹診だけで全身の治療を行う流派もあるわけです。


けれども体表観察は、同じ「一人の人間」の状況を示しているも
のです。ということは、そこには共通して表現されているものが
あるはずです。

脉診という部位、腹診という部位、舌診という部位を単独に読み
解くだけではなく、これらを組み合わせ、つなげて理解していくこ
とができる理由がここにあります。


一元流ではこのことを理解するためにさらに、問診、時系列の
問診、経穴診などを通じて、それらを再構成して病因病理を考
え、患者さんの現状把握をしようとしています。

ただ一つの生命がそこにあり、その生命が表現している世界が
目の前にある。それをそのまま構造的に理解していくために四
診があり、それを表現していく方法が開発されています。それが
今メーリングリストで行われている弁証論治です。


さて、5月の読み合わせ、一つめは、前回からの続きで、第三章
 陰陽 の、第二節 気血からとなります。

実技は、背候診を行います。背候診には、座位で行い胸椎七番
までを見る上背部の背候診と、腹臥位で行う腰腹部の背候診と
があります。

経穴診は経脉という川の流れが起こしている表情を見るもので
す。背候診には、膀胱経という川の流れという側面と、裏から直
接的に現れている五臓六腑の生命状況を診るという両方の側
面があります。

腰背部の背部兪穴は経穴としては大きく、反応も原穴などと比
べると診やすく、経穴としての構造的な診方がしやすい部位で
す。

経穴とはどういうものなのかということを、心を新たにして観察
できるようにしましょう。

経穴にはさまざまな表情があります。
それについては「経穴を見つけるための経穴学」
http://www.1gen.jp/1GEN/1802/TUBO.HTM
を参考にしてください。

今回はこれの読み合わせもします。第2版以降のテキストの第
十章第三節に記載されています。

教科書を読んでいると、すべての経穴に反応が出ていて、それ
を選択して用い、症状をとると考えやすいです。けれども、実際
はそうではありません。病んでいるところは基本的には大きく、
健康なところは基本的にはその反応が小さく見えにくい場合が
多いものです。

勉強会では、大きく見つけやすい経穴反応を見逃さないように
するということを中心として行います。

大きな目立つ反応は、生命力の傾きの大きさを示しているもの
です。大きく傾いているために大きな反応が出ているわけです。
大きな反応を出してもその生命状況を維持できているという観
点から考えると、偏りが大きいなりにしっかりしている身体であ
るとも言えます。ここたいせつな所です。


注意していただきたいことは、圧痛では診ないということです。
腹診の際にも圧痛で診ることはしませんでした。経穴診におい
ても圧痛で診るということは基本的にはしません。

どうしてかというと、圧痛を感じるのは術者の側ではないからです。
圧痛に頼っていると、これから研究していく経穴構造の変化を
追うということがやりにくくなります。

また、経穴の形状や状態に応じて鍼灸などでどのように処理す
るかという、鍼灸師特有の「マニアックなお楽しみ」を、圧痛を追
っていると味わえなくなります。


また、軽軽く触れていくということによくよく注意してください。こ
とに指圧などをされている方は経穴探しに自信があるためか、
深く強くやりがちになります。いつもの仕事のときよりも指先を
繊細に柔らかく使うようにしてください。

経穴を探るには、脉診を行う時のように浅い位置から深い位置
へと診方を工夫しながら行います。この工夫が大切になります。
触れる深さによって、形状の変化、寒熱の変化などを感じ取る
ことができます。そして経穴の中心や経穴の底を診ることがで
きるようになります。

夏日になりそうですね。腰背部を出しやすい格好でいらっしゃっ
てください。


                  伴 尚志
【学ぶ】とは。自らの変革に向けて肚を括るということです。
  求道の初心を自己に問い、
  気づきに従ってそれまでの自分を手放していくということ
  自分の内的変化へのアプローチ。覚悟。
  胆田を練るという覚悟を決めることが大切です
  この段、朱子学における居敬の心を定めることになります
  学ぶの基本は完全なる自己の白紙化による完全な受容です

【見る】とは。与えられたものを受けとるだけではなく、
  感応に従って触手を伸ばしていくということです。
  感応が見る場所を決めるわけですが、
  その自覚によって見る行為が磨かれていきます。
  選択が頭で行なわれれば迷いが産まれますが、
  胆田で見ることによって、見ることが気づきになります。
   この段、朱子学における窮理の方法を具体化しているものです。
  見るの基本は白紙の自己に映っているものを自覚することです。

【処置する】とは。握ったものを基礎として他者に届けることです。
  積極的な自他の出会いはここに始まり、
  再度、気づきの循還に帰していきます。
  このようにして人と出会い、
  このようにして人と交わり、
  このようにして人生を作っていきます。
  処置するの基本はあるがままの交わりです。



臨床とはこの、学ぶ姿勢を基礎として見、見たものを基礎として処置し、処置した結果を受け取るためにまた学ぶ姿勢を保持したまま見るという運動のことをいうのだと考えています。

この行為全体の基礎は学ぶ心の姿勢にあります。学ぶ姿勢を保持したまま見る、という受容の作業を行うということが四診の基本です。

東洋医学における学問の基礎、臨床の基礎がここにあるわけです。

学校などでよく処置の工夫ということで鍼灸技術や施灸技術をお互いに行いますが、これは非常に乱暴なことであると思います。全身状態を見ずに経穴だけを見て、あるいは経穴すら見ずに処置しているためです。これでは、身体が変化するとはどういうことなのかという基本を把握することができません。把握することができないということは、理解することができないということです。


気づかれた方もおられるでしょうが、これらの基礎はただ見るという姿勢を養うところにあります。禅の止観を修するということが根底にあるわけです。

死生観とは、いかに生きるかを見つめることである。生とは何か?何を手放し、何を採るべきなのか?病める現代に生きる我々は、鍼灸師としてどのように生に向かい、死を捉えればよいのか?

日本国における死生観の変遷と、現状。死生観に深い影響を及ぼしたと思われる赤穂浪士、『養生訓』を始め様々な言葉を遺した貝原益軒、そして古代日本民族の心の有様に触れ、明らかにした本居宣長は、どのような生き様だったのか。彼らは何を基盤にして道を歩んでいったのか。それらを知ることで、現代に通じるもの、現代で失われつつあるもの、取り戻すべきものが浮き彫りになってくる。

我々は何を手放し、何を採るべきか、どこを見つめるべきなのか。文字の糟粕を乗り越えた先にあるもの、発声の源とは。禅を通じて得られるものとは。

生の現場をまっすぐに見つめていくなかからしか、死生の根本を見ることはできないのだ。


http://1gen.jp/1GEN/PDF03.HTM

道を求める、道を歩むということにおいて
生命のあるすべての人の前に道が開かれているということが大切なことでる。
真剣に生き、真剣に迷う時、人はすでに道の傍らに佇んでいる。
ただ「ここにある!」という時、人は大道の真ん中に生を得ている。
誰が語るから道があるというわけではないし、
誰が語った道だから正しいということでもない。
そのように判断し語られる以前にすでに道はそこにある。

お前はお前の道をどのように歩むのか、そこを明示せよ。


問題となる処は、正誤の判断を誰がするのかということだ。
いわゆる知性主義者は、これを文献や権威に求める。
しかし反知性主義者は、これを、己自身の本然の心に求める。

己自身の本然の心とは何か。
いかにしてそれが本然の心であると受容できるのか。
問うべきはここだ。


江戸初期には、四書五経を基本として学問が磨かれてきた。
だから当然その本然の心は、孔子や古代の聖人の心を心とした己自身の心が、
本然の心として認知された。
そしてその本然の心を自分のものにするために学問が奨励された。

これに対して江戸中期になると、本居宣長が出で、
日本民族の本然の心は万葉であり、古事記であるとして、
その開拓を試み、ここに国学の基礎が築かれることとなる。
本然の心が儒教的な道徳から解き放たれた瞬間である。
日本人の本然の心が柔らかな感性や情緒に位置づけられた瞬間である。


本然の心は本来人心に備わっている心である。
そうであれば、学問などをして求める以前に備わっている心であると考えるべきである。
人生をていねいに送る中で自分自身に問い、磨き上げられるものである。
あるいは、己の中にある佛を彫り出すように、自然に彫り出されていくものである。


中江藤樹の「一文不通にても上々の学者なり」とはこのことだ。

日本の精神史はこのようにして己を捉え直してきた。
己の心の有り様を、誠実に誠実に、深く掘り起こしてきたのだ。
だからこそ、黒船に耐え、明治時代の文化的侵略にも耐えられたのである。

12月の勉強会は、質疑応答のあとお時間をいただいて、
一元流鍼灸術の全体像とこれからの目標についてお話ししまし
た。以下にファイルをアップしてありますので参考にしてください。

内容目次は以下の通りです765キロバイトあります。

■目標および前提
すべての疾病は気一元の身体で起こっている。
事実に即して古典を書き換える

■ー元流の原点
臍下胆田を中心とした気ー元の身体観を基本とする。
「場」を二五の観点からみる。
「場」には個性がある。それを器という。
陰陽五行は、その器の中を観る方法。
見える範囲で論を立てる

■ー元流の到達点
器の概念。括られた場を見ることの大事
気血一如、陰陽一体。課題は生命力とその偏在。
診察部位は、小さな気ー元の場。
行灯図+六六難図→肝木図
一体としての奇経ー経脈観
補瀉一体、虚実ー如。
症状治療→気一元の身体観に基づく養生治療。
症状の弁証論治→生命の弁証論治へ。
特効穴治療→穴性学→探索経穴から弁証を省みる
裏を建てる=脾腎の充実=根を付けることの大事。
永遠の未完。そこに初めて、真実を探究し続ける心が舎る。
死生観にもとづく養生とは何か―生の美学について

http://1gen.jp/1GEN/1GEN2016.pdf
ここには長方形の筒が描かれています。それが縦に三層に分かれています。三階だてて中が空洞の筒なのです。床も天井もありません。ただの筒。これは身体を表現しています。三焦という意味ですね。その底部には油を入れる小さな皿、その中に注がれている油、油に浸された灯芯灯芯の先に燃えている火が描かれています。これは先ほどの筒の一番下に置かれています。下焦の部分に置かれているわけです。下焦に置かれていますけれどもこの灯りは筒全体を照らしさらには外に溢れ部屋を照らす大元になっています。この皿が腎の器であり、油が腎精です。そしてこの燃えている火が命門の火とされているわけです。灯芯についてはとくに記載はありません。

この長方形の筒の上部には大きな帽子のような蓋がされています。この蓋には、華蓋という名前がつけられており、肺に該当するとされています。肺で上部を閉じておかないと、どんなに命門の火が強くてもその内部に蓄められることなく洩れていってしまうため、生命力が充実しないのです。

行灯の図はこのように腎と三焦と肺で構成されている全身像です。腎間の動気を命門の火と考えて構いません。生命力の根源である腎間の動気と、それを衛る外衛である肺がしっかりしていることによって、充満している三焦の生命力が充実し身体が温かくなっていくようすが一枚の絵で表現されているわけです。

この行灯の図は、「杉山流三部書」の中の医学節用集に出てくる、気一元の身体観を示しているものです。
『難経』の解説書である『難経鉄鑑』の六十六難は、このような図が掲示されています。行灯の図の経穴への展開と言えます。『鍼灸真髄』において大正の名人鍼灸師である沢田健しに絶賛された六十六難の図です。氏は、毎朝この六十六難に対面し、原気の流行および栄衛の往来を黙って座ってみていれば、身中の一太極を知ることができると述べています。さらには、万象の妙契〔伴注:森羅万象の秩序の背景に隠されている真理〕にまで思い至ることができるであろうとも。

この六十六難の図には何が描かれているのでしょうか。基本的には原穴の意味を表現している図です。原穴には十二ありますので、十二原とも題されています。上段にその十二原穴の名前が配されています。太淵・大陵・太衝・太白・太谿・兌骨(神門)・丘墟・衝陽・陽池・京骨・合谷・腕骨ですね。そして下段にはそれに対応する十二経絡の名前が書かれています。この両者の結びつきについて考察されているわけです。

十二原穴と十二経絡の間には、「原」という文字が一字真ん中に書かれていて、その言葉について解説されています。一つは三焦の尊号という言葉です。三焦を尊んで原という言葉を使っているというわけです。もう一つは三焦がめぐるところの兪という言葉が書かれています。三焦がめぐっている経穴、三焦の気が通っている経穴が原穴であると述べているわけです。原、これは三焦と関連し尊いものであり、原穴はその三焦の生命力の表現なのだと述べているわけです。

十二原穴と十二経絡との間に原という文字が書かれていてその解説がされていると述べました。実はこの図の下にはさらにもう一つ「原」という文字が真ん中に書かれています。この原にも解説が付されています。それは腎間の動気という言葉と、その解説としての、人の生命という言葉、それに十二経脉の根という三つの言葉です。つまり、一番下に書かれている原は、腎間の動気と呼ばれるもののことであり、これは人の生命の大元でありまた十二経脉の根であると述べられているわけです。先ほどの行灯の図を思い浮かべてください。同じことが書かれているということが理解できると思います。人の生命の大元は行灯の図の下焦部分に置かれている灯火であり、六十六難の図ではこれを腎間の動気と呼び原としているわけです。その原気が十二経脈を通じて表面に表れたものが原穴であるとしているわけです。行灯の表面に経穴という名前でその根元的な生命力が輝き出ている、そう書かれているわけです。

さて、この一番下の原と十二原穴を結んで線が描かれ、二つのことが書かれ解説されています。その一つは、三焦は原気の別使という言葉です。三焦は一番下の原すなわち腎間の動気の表現であるというわけです。行灯の図における灯りそのものが三焦であると考えているわけです。そしてもう一つは、三気を通行し五臓六腑を経歴すると書かれています。三気を通行しているということはもちろん三焦の気を通行しているという意味です。そして五臓六腑を経歴しているという言葉の意味は、五臓六腑を経歴して、十二原として表現されているという意味です。腎間の動気という生命力の根源とも言える最も深い位置にあるものが、三焦を通じ五臓六腑を経歴することを通じて十二原穴として表現されていると、そのように述べられているわけです。

六十六難の図はこのように、人身においてもっとも大切なものとして腎間の動気をあげ、その表現として十二原穴を捉えているわけです。行灯の図ではここに華蓋としての肺が描かれていましたが、ここではそれは省略されています。原という言葉の解説だからですね。

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