肝鬱気逆の状態が起こると上焦に気滞が生じます。
これは肺が華蓋として蓋をしているためです。
華蓋は「蓋」ですけれども、呼吸する蓋です。開闔が素直に行われている状態、閉じたり開いたりということがスムーズに行われている状態が正常な状態です。
ということは、上焦に気滞が起こるといことはそもそも肺の機能に問題があるということを意味していることになります。スムーズに動くべき生命がスムーズに動かなくなっている、開闔不利が起こっているわけです。これが肺気不宣の正体です。
原因が肝気の上逆にある場合、肝気を引き下ろすことが根本的な治療になります。そして多くの場合これは補腎、根を付けることによって上逆している肝気が帰する場所を設けるということが治療の方針となります。ここには肺気は正常に機能しているけれども、上逆した肝気によって負荷がかかりすぎたため機能不全を起こしているという考え方が背景にあります。このため、上逆している肝気がなければ正常に機能していた肺の力だけでは、上焦の気滞を解消できなくなっているわけです。
つまり、より充実した肺気をもっている人であれば、肝気が多少上逆したとしても、肺本来の宣散粛降機能が働きますので、上逆した肝気を納めることができるわけです。
これを補完するものとして、呼吸法があり、また頭に血が上ったら手足を動かして運動させるという簡単な体操もあります。手足を動かすことによって気滞をとると同時に、呼吸を激しくさせて肺気を活性化させ、その宣散粛降作用を強めることによって、上焦の気滞を解消し、肝気の上逆を引き下ろそうとしているわけです。
補肺という言葉の本体はこういう肺の生理的な機能を補うということを意味しています。ですから、補肺はそのまま理気宣肺につながり、上焦の気滞を払うことにつながるわけです。補は瀉なり、という言葉の肺における生理がこれになります。
これは肺が華蓋として蓋をしているためです。
華蓋は「蓋」ですけれども、呼吸する蓋です。開闔が素直に行われている状態、閉じたり開いたりということがスムーズに行われている状態が正常な状態です。
ということは、上焦に気滞が起こるといことはそもそも肺の機能に問題があるということを意味していることになります。スムーズに動くべき生命がスムーズに動かなくなっている、開闔不利が起こっているわけです。これが肺気不宣の正体です。
原因が肝気の上逆にある場合、肝気を引き下ろすことが根本的な治療になります。そして多くの場合これは補腎、根を付けることによって上逆している肝気が帰する場所を設けるということが治療の方針となります。ここには肺気は正常に機能しているけれども、上逆した肝気によって負荷がかかりすぎたため機能不全を起こしているという考え方が背景にあります。このため、上逆している肝気がなければ正常に機能していた肺の力だけでは、上焦の気滞を解消できなくなっているわけです。
つまり、より充実した肺気をもっている人であれば、肝気が多少上逆したとしても、肺本来の宣散粛降機能が働きますので、上逆した肝気を納めることができるわけです。
これを補完するものとして、呼吸法があり、また頭に血が上ったら手足を動かして運動させるという簡単な体操もあります。手足を動かすことによって気滞をとると同時に、呼吸を激しくさせて肺気を活性化させ、その宣散粛降作用を強めることによって、上焦の気滞を解消し、肝気の上逆を引き下ろそうとしているわけです。
補肺という言葉の本体はこういう肺の生理的な機能を補うということを意味しています。ですから、補肺はそのまま理気宣肺につながり、上焦の気滞を払うことにつながるわけです。補は瀉なり、という言葉の肺における生理がこれになります。
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皆様にはいかがお過ごしでしょうか。
脉診も腹診も舌診もそれぞれを独立で行うということは意外と
深みがあるものだということに気づかれたことと思います。
体表観察するということは、気一元の観点で眺め得る基礎的な
場を、指下に観(脉診)、掌下に観(腹診)、また眼で観(舌診)
るということです。
それぞれが別の部位であり、それぞれの特徴があります。
そのそれぞれの場に全身の状態が表現されていと考えたため、
そこが体表観察の診察地点となっています。これが敷衍されて、
脉診だけ腹診だけで全身の治療を行う流派もあるわけです。
けれども体表観察は、同じ「一人の人間」の状況を示しているも
のです。ということは、そこには共通して表現されているものが
あるはずです。
脉診という部位、腹診という部位、舌診という部位を単独に読み
解くだけではなく、これらを組み合わせ、つなげて理解していくこ
とができる理由がここにあります。
一元流ではこのことを理解するためにさらに、問診、時系列の
問診、経穴診などを通じて、それらを再構成して病因病理を考
え、患者さんの現状把握をしようとしています。
ただ一つの生命がそこにあり、その生命が表現している世界が
目の前にある。それをそのまま構造的に理解していくために四
診があり、それを表現していく方法が開発されています。それが
今メーリングリストで行われている弁証論治です。
さて、5月の読み合わせ、一つめは、前回からの続きで、第三章
陰陽 の、第二節 気血からとなります。
実技は、背候診を行います。背候診には、座位で行い胸椎七番
までを見る上背部の背候診と、腹臥位で行う腰腹部の背候診と
があります。
経穴診は経脉という川の流れが起こしている表情を見るもので
す。背候診には、膀胱経という川の流れという側面と、裏から直
接的に現れている五臓六腑の生命状況を診るという両方の側
面があります。
腰背部の背部兪穴は経穴としては大きく、反応も原穴などと比
べると診やすく、経穴としての構造的な診方がしやすい部位で
す。
経穴とはどういうものなのかということを、心を新たにして観察
できるようにしましょう。
経穴にはさまざまな表情があります。
それについては「経穴を見つけるための経穴学」
http://www.1gen.jp/1GEN/1802/TUBO.HTM
を参考にしてください。
今回はこれの読み合わせもします。第2版以降のテキストの第
十章第三節に記載されています。
教科書を読んでいると、すべての経穴に反応が出ていて、それ
を選択して用い、症状をとると考えやすいです。けれども、実際
はそうではありません。病んでいるところは基本的には大きく、
健康なところは基本的にはその反応が小さく見えにくい場合が
多いものです。
勉強会では、大きく見つけやすい経穴反応を見逃さないように
するということを中心として行います。
大きな目立つ反応は、生命力の傾きの大きさを示しているもの
です。大きく傾いているために大きな反応が出ているわけです。
大きな反応を出してもその生命状況を維持できているという観
点から考えると、偏りが大きいなりにしっかりしている身体であ
るとも言えます。ここたいせつな所です。
注意していただきたいことは、圧痛では診ないということです。
腹診の際にも圧痛で診ることはしませんでした。経穴診におい
ても圧痛で診るということは基本的にはしません。
どうしてかというと、圧痛を感じるのは術者の側ではないからです。
圧痛に頼っていると、これから研究していく経穴構造の変化を
追うということがやりにくくなります。
また、経穴の形状や状態に応じて鍼灸などでどのように処理す
るかという、鍼灸師特有の「マニアックなお楽しみ」を、圧痛を追
っていると味わえなくなります。
また、軽軽く触れていくということによくよく注意してください。こ
とに指圧などをされている方は経穴探しに自信があるためか、
深く強くやりがちになります。いつもの仕事のときよりも指先を
繊細に柔らかく使うようにしてください。
経穴を探るには、脉診を行う時のように浅い位置から深い位置
へと診方を工夫しながら行います。この工夫が大切になります。
触れる深さによって、形状の変化、寒熱の変化などを感じ取る
ことができます。そして経穴の中心や経穴の底を診ることがで
きるようになります。
夏日になりそうですね。腰背部を出しやすい格好でいらっしゃっ
てください。
伴 尚志
脉診も腹診も舌診もそれぞれを独立で行うということは意外と
深みがあるものだということに気づかれたことと思います。
体表観察するということは、気一元の観点で眺め得る基礎的な
場を、指下に観(脉診)、掌下に観(腹診)、また眼で観(舌診)
るということです。
それぞれが別の部位であり、それぞれの特徴があります。
そのそれぞれの場に全身の状態が表現されていと考えたため、
そこが体表観察の診察地点となっています。これが敷衍されて、
脉診だけ腹診だけで全身の治療を行う流派もあるわけです。
けれども体表観察は、同じ「一人の人間」の状況を示しているも
のです。ということは、そこには共通して表現されているものが
あるはずです。
脉診という部位、腹診という部位、舌診という部位を単独に読み
解くだけではなく、これらを組み合わせ、つなげて理解していくこ
とができる理由がここにあります。
一元流ではこのことを理解するためにさらに、問診、時系列の
問診、経穴診などを通じて、それらを再構成して病因病理を考
え、患者さんの現状把握をしようとしています。
ただ一つの生命がそこにあり、その生命が表現している世界が
目の前にある。それをそのまま構造的に理解していくために四
診があり、それを表現していく方法が開発されています。それが
今メーリングリストで行われている弁証論治です。
さて、5月の読み合わせ、一つめは、前回からの続きで、第三章
陰陽 の、第二節 気血からとなります。
実技は、背候診を行います。背候診には、座位で行い胸椎七番
までを見る上背部の背候診と、腹臥位で行う腰腹部の背候診と
があります。
経穴診は経脉という川の流れが起こしている表情を見るもので
す。背候診には、膀胱経という川の流れという側面と、裏から直
接的に現れている五臓六腑の生命状況を診るという両方の側
面があります。
腰背部の背部兪穴は経穴としては大きく、反応も原穴などと比
べると診やすく、経穴としての構造的な診方がしやすい部位で
す。
経穴とはどういうものなのかということを、心を新たにして観察
できるようにしましょう。
経穴にはさまざまな表情があります。
それについては「経穴を見つけるための経穴学」
http://www.1gen.jp/1GEN/1802/TUBO.HTM
を参考にしてください。
今回はこれの読み合わせもします。第2版以降のテキストの第
十章第三節に記載されています。
教科書を読んでいると、すべての経穴に反応が出ていて、それ
を選択して用い、症状をとると考えやすいです。けれども、実際
はそうではありません。病んでいるところは基本的には大きく、
健康なところは基本的にはその反応が小さく見えにくい場合が
多いものです。
勉強会では、大きく見つけやすい経穴反応を見逃さないように
するということを中心として行います。
大きな目立つ反応は、生命力の傾きの大きさを示しているもの
です。大きく傾いているために大きな反応が出ているわけです。
大きな反応を出してもその生命状況を維持できているという観
点から考えると、偏りが大きいなりにしっかりしている身体であ
るとも言えます。ここたいせつな所です。
注意していただきたいことは、圧痛では診ないということです。
腹診の際にも圧痛で診ることはしませんでした。経穴診におい
ても圧痛で診るということは基本的にはしません。
どうしてかというと、圧痛を感じるのは術者の側ではないからです。
圧痛に頼っていると、これから研究していく経穴構造の変化を
追うということがやりにくくなります。
また、経穴の形状や状態に応じて鍼灸などでどのように処理す
るかという、鍼灸師特有の「マニアックなお楽しみ」を、圧痛を追
っていると味わえなくなります。
また、軽軽く触れていくということによくよく注意してください。こ
とに指圧などをされている方は経穴探しに自信があるためか、
深く強くやりがちになります。いつもの仕事のときよりも指先を
繊細に柔らかく使うようにしてください。
経穴を探るには、脉診を行う時のように浅い位置から深い位置
へと診方を工夫しながら行います。この工夫が大切になります。
触れる深さによって、形状の変化、寒熱の変化などを感じ取る
ことができます。そして経穴の中心や経穴の底を診ることがで
きるようになります。
夏日になりそうですね。腰背部を出しやすい格好でいらっしゃっ
てください。
伴 尚志