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一元流鍼灸術

一元流鍼灸術の解説◇東洋医学の蘊奥など◇HP:http://www.1gen.jp/

...病むを知り養生し、愚を知り修行す


養生するということは、自分が病んでいることを知っているということです。
自分が病んでいることを知っているので、その病から立ち直りたいと思うわけです。
修行するということは自分が愚か者であることを知っているということです。
自分が愚かであることを知っているので、その愚から立ち直りたいと思うわけです。
「健康」というのは、病んでいる自分を映す「鏡」のようなものです。
「健康」な状態に向かって養生を重ねていくわけです。
「悟り」というのは、愚かな自分を映す「鏡」のようなものです。
「悟り」の状態に向かって修行を重ねていくわけです。
お釈迦様が悟りを開いたのは実は、
自らが鏡になることを選択したということです。
そうすることによって、
実は迷い実は病んでいる人々を、
真実の世界―生命の世界に導こうとしたわけです。

健康な状態があるから病であることがわかるわけです。
健康になろうとしているということは今、病んでいるということです。
悟りの状態があるから愚者であるということがわかるわけです。
悟ろうとしているということは今、愚者であるということです。

これらの言葉から理解されなければならないことは実は、
病者であることを自覚することが、健康への萌芽があり
愚者であることを自覚することが、悟りへの萌芽がある、
ということです。


養生とはとりもなおさず病者であることを自覚することであり、
修行とはとりもなおさず愚者であることを自覚することです。

生きるということは病み続けているということであり
悟るということは愚かであり続けているということであり

病者愚者に徹することが実は、
健康へ悟りへの近道であると言えます。

自分は健康である、自分は悟りを開いているという言葉はとりもなおさず、
傲慢で鼻持ちならない言葉であり、
真の病者―真の愚者の言葉であるともまた言える理由がここにあります。

この迷路をくぐり抜けて一気に悟りのただ中に立って世の鏡となった仏陀の
捨て身の救世心―慈悲心は、この深さで理解される必要があります。



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コラム 詩人の魂


大学時代の友に聞いた「おまえは何故詩を書くのを止めたんだ。おもしろかったのに」と。
友は答えた。「おれは書き物に興味がある訳じゃないんだ。俺が本当に興味があったのは詩人の魂なんだよ。詩が湧き出てくるその泉の根源に触れたかったんだ。書かれた言葉や作られた造形の美しさには興味がない。そこにある、触れれば命が輝きでて止まない、そのみずみずしい心に触れたかった。だから俺は詩を書いていた。」

私は聞いた「じゃ、何故止めたの?」

「だって、書くということは作るということに近くて、その感じる根源から少し離れるんだよな。俺はそこに至った。そして俺はその根源の場所にいたいだけなんだ。だからもう言葉はいらない。それについて語り出すことがそもそも、その場所から少し離れることだから。もう書く必要はないんだ。」

「おまえはそれを手に入れてその場所にいるってことか?詩人の魂、詩が湧き出て言葉になる以前の場所、そこにおまえはいるということなのか」

「そうだ。誰に対して説明する必要などない。存在とともに踊る歓喜の中心に俺はいる。」

私は証明してくれと、論証してくれと懇願したが彼は頑として受け入れなかった。ただ一言「求め続けろよお前も」といい、手を振って去っていった。

なぜ、証明もなしに彼は根源に触れていると言えるのだろう。傲慢なのではないだろうか。
なぜ、言葉で表現することを拒んだのだろう。表現したものしか聞き取ることはできないのに。

けれども確かに思う。彼こそが本当の詩人なのだと。無言の詩人なのだと。詩人の魂そのものなのだと。
『臨床哲学の知』木村敏著


精神病理学の泰斗、木村敏氏は、その『臨床哲学の知』の中で以下のように述べています。


症状と病気のこの関係は、精神科でも同じです。患者さんは症状を出すことで一種の自己治癒のようなことをしているところがありますし、医師はそこを見極めなければならないわけですけれども、いまは、精神病になるのは脳が生化学的な変化を起こして例えばドーパミンなどという物質を出し過ぎるからであって、それが幻覚や妄想を引き起こすんだといった考えにとらわれている。精神医学も症状を消すことしか考えない。脳機能の研究自体は大切なのですが、それがもっと深いところにある心それ自体の病気の原因や病理の解明を妨げているとしたら、これは大問題でしょう。

家族や周囲の社会に迷惑をかけているのは症状です。病気そのもので迷惑をかけているわけではない。だから、症状を除去することが周囲からの期待に応えることになる。症状が消えたら治ったということになる。精神医学が症状だけを見るというのと、患者自身のことより周囲の社会の安全を考えるというのとは、実は同じことの両面なんですね。

わたしには非常に辛い記憶がひとつあります。薬を使って症状をきれいに取ったら、その患者さんが自殺してしまったということがあるのです。症状を取られるということは、患者さんにとっては自己防衛手段を奪われるということと同じですから、あとは自殺するしか仕方がなかったということなのだろうと思います。まだ若いころの出来事ですが、そのときにこれはいけないと思いました。

症状はひとりでに消えるまで無理にとってはいけないという考えは、そのとき以来、いまもずっと変わりません。患者さんがあまりに興奮しては診察自体が成り立たないし、妄想や幻想がひどいと患者さんの社会人としての評価にかかわりますから、薬はそれなりにやはり使いますけれども、それで症状をきれいに取ってしまおうなどということはまったく考えません。風邪と同じで、症状は出す必要がなくなれば自然になくなります。症状が出るのは、生きる力、病気と闘う力があることの証拠なのですね。

しかし、ここ二十年、三十年、精神医学というものは、まったくそうではなくなってしまいました。症状をとること以外は何も考えなくなってしまっています。いまの状態が続けば、精神病理学という学問は、日本の医学界からいずれ消滅するかもしれませんし、ことによると実質的にもう消滅しているのかもしれない。病理学というのは、これは身体の病理学でも同じだと思いますが、病気そのものの成り立ちを研究する学問であって、症状のことは、病気の本質と関係があるかぎりでしか問題にすべきではないのです。脳の変化を除去して妄想をとればそこでお終い、精神医学が行うのはそこまでということになっていけば、精神病理学なんて学問は必要がなくなる一方でしょう。
」〈『臨床哲学の知―臨床としての精神病理学のために』洋泉社刊 2008年 53p〉

この言葉は、症状とそれに対する処置として考案され、症状が取れたことを確率的に論じる「エビデンス」を安易に語る傾向がある鍼灸界においても、噛みしめるべき言葉でしょう。

古典において提出されているものの中で重要なものは、単なる治療技術なのではなく人間観です。その人間観を読み解くことなくして、東洋医学を学んだとは言えない、行じているとは言えない、そのように私は考えます。

そしてその人間観をさらなる深みへ向けて探求する技術として、体表観察を中心とした四診に基づいた鍼灸術があるとも考えています。いわば、臨床鍼灸を哲学の次元にまで高めていくということが、これからの鍼灸師の目的となるべきだろうと考えているわけです。

木村敏氏の重い言葉は、このような目標のための基礎となるものです。

症状が出るということと、生命力との関係については、以前掲載した私の論文「生命の医学に向けて」http://1gen.jp/1GEN/RONBUN/Life-medicine.HTMの63ページ「好循環悪循環と敏感期鈍感期」に図を用いて解説されています。大切なことは、症状は氷山の一角にすぎないものであり、その症状を支えている生命の深く大きな動きこそが大切であるということです。
肝木の木は、生命ある樹の木である


この勉強会に参加されている方には、バイリンガルの人が多いみたいですから、以下のように英語で書いた方が理解しやすいかもしれません。
KAN-MOKU is not THE wood (the wood means 'element' ) but A TREE(A TREE means 'Life')

このことは五臓すべてについて言えることです。生命を五つの角度から眺めたものが、木火土金水です。そのそれぞれは、構築物としての「もの」ではなく、生命の様態を表現しているものです。ここが古典を学ぶ上で非常に重要なところです。東洋医学では、臓腑経絡(日本)や臓象(中国)と呼ばれているものがそれです。西洋古典医学では、19世紀の細菌病理学の誕生まで支持されていた「四体液説」の背景にある「四元素」(「気・水・火・地」)も同じことですね。ひとつの生命を診ることを通じて、それを表現するために採った仮の言葉の群れが、古典医学です。構造的に表現するために、四や五という数学的な切り分けを行ってはいますけれども、実際の生命は分かれて存在はしていません。まるごとひとつの関係性としてそこにあります。ここを忘れて言葉に走ってしまう傾向が、東西の「学者」に根強いことは非常に残念なことです。


医学には、生きている患者さんが病んでいるという視点が抜け落ちているところが興味深いところですよね。まさに西洋の科学主義ががもともと反宗教反生命反キリストから発想されていることを示しているものであると思います。部品によってからだがつくられていると考えることを通じて、西洋医学における大きな発展がみられたことは、特筆すべきことです。

けれども看護学やこれから増えていくであろう介護学では、まだいのちのある生命をみることになるでしょう。それを通じて、科学的分析的な見方ではなく、より生命によりそうよう包括的な考え方の方が増えてくることでしょう。そのような時代にあって伝統医学とくに鍼灸の考え方は真に復興してくることとなるのではないでしょうか。
釈迦の悟りと難経


忘年会で私は、お釈迦様の悟りの話をしました。お釈迦様の修業の時代、道を求め続けて自身の心身を鍛え上げ、ついにはその身を飢えた虎の親子に捧げたりもしたのに、お釈迦様はほんとうの悟りに至ることはできませんでした。それはどうしてなのでしょうか。ほんとうの悟りというのはどこかにあるものなのでしょうか。お釈迦様は(その当時はゴータマシッダルタというただの泥に汚れた修行者でしかありませんでしたが)修行の果てにとうとう川の畔で倒れて死を待つような状態となってしまいました。そのとき、近所の一人の少女が、その姿を見つけ、温かい山羊の乳を与えてくれました。そこで彼の中に何が起こったのでしょう。それは、生命の歓喜が全身に走ったということです。その後、菩提樹の下で暝想し、その生命の歓喜の根源を味わい続けました。

求めていた苦行の時代には得ることができず、一杯のミルクで豁然と開いた悟りとは何だったのでしょうか。それは、自身の内側に生命があり、いつもその生命を喜んでいるということです。ひとりひとりの中に生命があり、生命があるということこそが感動の源なわけです。そしてその生命の中心は、臍下丹田にあります。それは人身の中心なのですが、そこに浸ると、宇宙を覆う光の織物の中の縦糸と横糸の交差する結び目が、私自身であるということが理解できます。この膨大な生命の宇宙の光り輝く織物の中の一つの結び目である自分自身を感じることができるわけです。

そこに意識を置くということ、それが今、ここにあるということです。これを実際的に感じ取るために、禅の修行があったのであろうと思います。この内側に潜心するために、考えることを止め、探すことを止め、ただ今ある自分に帰るわけです。

この臍下丹田を中心とした人間観が、難経が劈(ひら)いた東洋医学の宝です。このことを、私はこれからもしっかり把持し、理解を深めていきたいと思います。

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