一元流鍼灸術

一元流鍼灸術の解説◇東洋医学の蘊奥など◇HP:http://www.1gen.jp/

道を求める、道を歩むということにおいて
生命のあるすべての人の前に道が開かれているということが大切なことであろうと思う。
真剣に生き、真剣に迷う時、人はすでに道ばたに佇んでいるのだ。
ただここにあるという時、人は大道の真ん中に生を得ている。
誰が語るから道があるというわけではないし、
誰が語った道だから正しいということでもない。
そのように判断し語られる以前にすでに道はそこにある。

お前はお前の道をどのように歩むのか、
そこを明示せよ。

問題となる処は、正誤の判断を誰がするのかということだ。
いわゆる知性主義者は、これを文献や権威に求める。
しかし反知性主義者は、これを、己自身の本然の心に求める。

それでは、己自身の本然の心とは。
いかにしてそれが本然の心であると受容できるのか。
問うべきはここだ。

江戸初期には、四書五経を基本として学問が磨かれてきた。
だから当然その本然の心は、孔子や古代の聖人の心を心とした己自身の心が、
本然の心として認知された。
そしてその本然の心を自分のものにするために学問が奨励された。

これに対して江戸中期になると、本居宣長が出で、
日本民族の本然の心は万葉であり、古事記であるとして、
その開拓を試み、ここに国学の基礎が築かれることとなる。

本然の心は本来人心に備わっている心である。
そうであれば、学問などをして求める以前に備わっている心であると考えるべきである。
人生をていねいに送る中で自分自身に問い磨き上げられるものである。
あるいは、己の中にある佛を彫り出すように
自然に彫り出されていくものなのである。

中江藤樹の「一文不通にても上々の学者なり」とはこのことだ。

日本の精神史はこのようにして己を捉え直してきた。
己の心の有り様を、誠実に誠実に、深く掘り起こしてきたのだ。
だからこそ、黒船に耐え、明治時代の文化的侵略にも耐えられたのであろう。
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