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一元流鍼灸術

一元流鍼灸術の解説◇東洋医学の蘊奥など◇HP:http://www.1gen.jp/

肝木の身体観をアップしました。ちょっと長いので、ここでは、アップしているページだけ、紹介させていただきます。17ページあります。リンクは紹介ページに飛びます。そこをクリックすると、PDFファイルを読むことができます。
肝木を中心とした身体観は、一元流鍼灸術独自のものです。他の四臟を傷つける肝気ではなく、生命力を養い励ます基本となる肝木の機能について述べています。現代に誕生した新しい肝木の蔵象と言えるものです。

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コメント

質問

伴先生

『肝木の身体観』の論文、拝見いたしました。
とても興味深い内容で、勉強になりました。
ありがとうございます。


質問ですが、

1『時代の速度が速くなり、ついていくのがやっとの人間』とはどのような状況を想定されておりますか?
情報社会、情報過多のようなことでしょうか?
生活が便利になっている半面、仕事や家庭でのタスクが多くなっているようなことでしょうか??


2『肝は人の生きる意志』であるならば、心(神)はどのような位置づけで考えたらよいでしょうか?


3現代社会の病  
 『慢性病において腎虚、脾虚、肝鬱の悪循環を繰り返す』というところはとてもよく見られることなので
 非常に参考になります。
 で、この場合、治療としては肝鬱をとってもまた同じなので補腎をするということになるのでしょうか?

コメントをありがとうございます

> 1『時代の速度が速くなり、ついていくのがやっとの人間』とは
> どのような状況を想定されておりますか?
>
> 情報社会、情報過多のようなことでしょうか?
> 生活が便利になっている半面、仕事や家庭でのタスクが多く
> なっているようなことでしょうか??

基本的には、考えることを止めることができなくなっていること、
「今」を感じることができなくなっていることを指しています。

別の言葉を使うと、「生きる」という実感を失い、情報や自身の
生活に振りまわされていることを指しています。

もう一つ哲学的な言葉を使うと、相対的な生に振りまわされて、
絶対的な生を見失っているということです。お釈迦様がその誕
生の時に、「天上天下唯我独尊」と天地を指して言われたと伝
えられています。「自身の絶対性」そこに生の歓喜の本質はあり
ます。

「天上天下唯我独尊」という自己の中心を失ってしまうと、他者
と自身とを比較し、言葉やものに翻弄される悲惨な人生を送る
ことになります。これが相対的な生です。

現代はこの、言葉やものの過剰に溢れかえっている時代です。
猫じゃらしのように、人の意識を奪います。自己を喪失する速度
が非常に速くなっています。けれどもその時代についていこうと
人々はあがいています。みんなが生きているからそこを生きな
ければならないと思っています。生を見失い、自己の絶対性を
見失い、全力で迷いの世界を走っているわけです。


> 2『肝は人の生きる意志』であるならば、心(神)はどのような
> 位置づけで考えたらよいでしょうか?

このことについては以前、お話ししたことがあります。仏像の光
背が心であると。生きることを通じて磨かれ現れてくる、生の輝
き、それが心です。


> 3現代社会の病  
> 『慢性病において腎虚、脾虚、肝鬱の悪循環を繰り返す』と
> いうところはとてもよく見られることなので非常に参考になりま
> す。

> で、この場合、治療としては肝鬱をとってもまた同じなので補
> 腎をするということになるのでしょうか?

本治法としては補腎ということになります。中心を定めることで
す。

弁証論治は、気一元の生命力の濃淡を表面化させることによっ
て、現在の状態がなぜおこっているのかということ「病因病理」
とその解決法「治療指針」と養生法である「生活提言」を明らか
にすることを目的としています。

人によって病の深浅があるので、ほんとうは個別具体的に考え
ていくことが大切です。結局のところ今の中心問題がどこにある
のかを明確にしそれを解決するということになります。

目先の問題が解決されても鍼灸が継続的に行われる理由は、
死という永遠の病が存在しているためです。崩れていく身心を
支える助けに鍼灸師はなろうとします。

これらのことをまとめていうと、生命力の厚薄を調え中心を定め
るということが、治療目標であるということになります。

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