ここで学ぶことは一つの種です。
この種は、気づきによって成長していきます。
この種を成長させるコツは、
固定観念にとらわれずに観、
固定観念にとらわれずに聴くということです。
固定観念にとらわれないということは難しいことです。
固定観念にとらわれないと思うことそのものが固定観念になりえますから。
そのため、固定観念にとらわれないということを別の言葉で、
気づく、と呼びます。
何かに気づくとき、心はジャンプします。
その心のジャンプが、
歓喜とともに、
光明を、
その心に射し込ませます。
そして、それは、その人の世界が一段階広がることにつながります。
このような気づきを重ね重ねていくことによって、
いつの間にか人を診れるようになります。
気づくということができるということは、
奇跡です。
そして、この奇跡は、
自身が無明の中に存在しているからこそ、
起こりえるものであるということを、
よく理解していただきたいと思います。
無明の中にいるありがたさ、
これが「無知の知」と呼ばれるものの正体です。
無知であることを恥ずることはありません。
それを早く自覚することによって、
早く気づきの種が育ちます。
無知であることを恥ずることはありません。
無知であることを知り続けることで、
人は始めて、
いつまでも気づきの歓喜の光の中に
立つことができるのですから。
皆さんは学ぼうと決意されてここに集まりました。
学ぼうと決意されているということは、
自分が無知であるということを知ることができている、
光明への扉を叩いているということを意味しています。
その初心を忘れずに、
その謙虚さを忘れずに、
患者さんの身体に対し、
古典を読み込み、
臓腑経絡学を点検し
磨き上げていただきたいと思います。
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