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一元流鍼灸術

一元流鍼灸術の解説◇東洋医学の蘊奥など◇HP:http://www.1gen.jp/

■ みかんの陰陽:Hさん


東洋医学で人を診るということは、
目の前にいる『人』を、ありのままにみる。

ありのままにみるときに、陰陽五行など、歴史的な考え方を使ってみる。

ということなのでしょうか。

目の前に『みかん』がひとつあります。

みかんは、皮をむくと中味がでてきます。皮と実にわけられると。

これを陰陽でみると、
 皮を表面だから『陽』と診る。
 実を中味だから『陰』とみる。
 
皮である『陽』と実である『陰』にわけると、みかんを『陰陽』で診ることに
なるのですね。

そして大切なのは、『陰』と『陽』にわけているけど、みかんは一個まるごとで
みかんで、『陰』と『陽』である、皮と実があるからみかんではないこと。

目の前の『みかん』をよく見るために、陰陽という概念を使い、
皮と実をわけてみたと。

では、実のなかには、フサがあります。

そのひとつのフサを取り出すと、フサには皮があり、実がある。
ここでも、フサの皮を『陽』と、フサの実を『陰』とする診方がある。

中味の実にも、小さな袋の皮と中味の実がある。
中味の実も細胞で考えたら、細胞膜という『陽』と細胞質という『陰』がある。

陰陽でみるのは、どこを『ひとつ』として診ているのか。
ここが一番大事なのかなと思いました。

これから学ぶ、東洋医学で人を診るときにつかう、陰陽五行は
このように 『何を診るためにわけているのか』をよく意識しなが
らみていかないと、 とてもごーーーちゃごちゃの概念になり、
なにがなんだかわかんない(^^ゞに なりそうですね。

『東洋医学で人を診る』ということは、
『陰陽五行などの歴史的な物指しを使って、目の前の人を診る』
ということでよろしいのでしょうか?

皆さん、ここまでのお話でご質問などありませんか?

これでよろしければ、このあとは、人の一生を東洋医学で考え
ていきたいと思います。



■ いま少し用心深く陰陽について考えていきます


>『東洋医学で人を診る』ということは、
>『陰陽五行などの歴史的な物指しを使って、目の前の人を診る』
>
>ということでよろしいのでしょうか?

このように言われると、それは少し違うと言わなければなりませ
ん。少しだけなんですけれども。


まず、目の前にある対象(人間)をよく理解しようとしている、と
いう点では、現代の治療家と何も変わるところがありません。

現代においては、血液や尿の臨床検査やレントゲンなどの観察
方法が提示されていますが、当時はそのような機械はありませ
んでした。

似たような解剖学的な知識はありましたけれども繊細さと精密さ
とにおいて、現代医学に及びもつかない位置にありました。


そのような状況の中で何を人間理解の道具としていたのか。


【ここが問題であり大切なところとなります】


このあたり、自分自身が対象をどのようにして理解しようとして
いるのか、振り返ってみるとわかりやすい思います。

たとえば病気の患者さんがやってきて、目立つところである症
状に着目するということは、人間理解の第一歩ではありますけ
れどもそれで人間を理解しているのかというと、そうではありま
せん。

症状を出さしめている土台があるわけです。そこを理解しようと
する時、どのような方法を用いるのかということです。


【ここが問題であり大切なところとなります】


古人はここにおいて、当時の最先端の思想であり宇宙論である
陰陽五行をものさしとして人間にあてはめていきました。

その際に基本となる発想は、大自然と人間とは対応関係にある
ということです。(これを「天人相応」とか「人身一小天地の論」と
呼んでいます)

そして、陰陽五行の理論を対象に応用する際の基本として、場
の設定―どの範囲を見るのかという対象の設定―を求めること
となるわけです。

この一つの括りをつけることなくして、陰陽も五行も成立し得ま
せん。このことをHさんは「陰陽でみるのは、どこを『ひとつ』とし
て診ているのか。ここが一番大事なのかなと思いました。 」と述
べられているわけです。


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さて、Hさんは、みかんで陰陽を語っています。陰陽というのは
ものさしですので、これが陰これが陽という風に記憶することは
間違いです。つまり、陰陽という名前は、ものさしの性質が変わ
ると逆転するということです。

東洋医学では、表面を陽と呼び中心を陰と呼びます。表裏の対
応関係を陰陽という言葉で相対させ、表現しているわけです。

これに対して、求心力と遠心力をもって陰陽を分ける考え方が
あります。求心力が強いものは陽であり、遠心力が強いものは
陰であると。そうすると、表面にあるものは遠心力の表われです
から陰となり、中心にあるものは求心力の表われですから陽と
なります。

このように陰陽という言葉は、その場処に固有に与えられてい
るものではなく、何を見 何を表現しようとしているのかというこ
とによって逆の名前で呼ばれることが多々ありますので注意が
必要です。

いま少しこれを広げて語ると、これは陰だから何々、陽だから
何々と解説する人々にはよくよく注意を払う必要があるというこ
とです。そのような人々は、陰陽の使い方そのものを理解して
はいません。
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